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講座レポート「造形基礎Ⅰ」

講座レポート「造形基礎Ⅰ」


 

どうせ上手くいかないから、失敗を恐れるな

―造形基礎I

文・写真=木村奈緒


 

かつては私も美学校の受講生で、一年間、毎週土曜の13時から17時を美学校で過ごした。私が受講していた『アートのレシピ』は、映像を観たり、作品を作ってみたり、パフォーマンスをしてみたり……と、時にまじめに、時に賑やかな講座だったので、壁一枚隔てた向こうの教場で、どんな講座が行われているか、実はあまりよく知らなかった。

ただ、休憩時間に廊下からチラッと隣の教場をのぞくと、大きな紙に黙々と何かを描きつけている人達がいて、アートのレシピとはまた違った、静かな熱気を感じ、羨ましく思ったりしていた。その講座が「造形基礎I」だった。

造形基礎Iは、今年で開講25年を迎える講座だ。25年間一貫した講座内容は、開講当初から今日まで講師を務める鍋田庸男さん自身の「失敗や悩み」にもとづいて考えられたものだそうだ。鍋田さんが学生だった時。造形基礎が開講した25年前。そして現在。時代は移り変われど、表現にまつわる悩みや失敗はいつの時代も同じなのかもしれない。「造形基礎I」に集まる人たちは、どんな悩みや失敗を乗り越えようとしているのだろうか。

 

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土曜の午後のひととき。
受講生がコーヒーを淹れるところから講座は始まる。

 

「造形基礎」とは

「造形基礎という名前はね、ベタな名前やけど、ものすごく考えたんですよ。」
講座が始まる土曜日の13時。教場を訪れると、講師の鍋田庸男先生は受講生が淹れたコーヒーを片手に、関西弁まじりで話し始めた。

「造形って、立体ですか?と聞かれたこともあるけど、『形を造る』わけだから、絵だけでなくて、本でもいいし、何でもよくて、とにかく『形(カタチ)をつくる基(モト)』という意味で、『造形基礎』というネーミングにしたんです。」
「形とは、表現されたもののこと。『表現』ってええ漢字やと思う。『表し、表せられたもの』でしょう。行きっぱなしでなく、作ったものから得られるものもあるわけじゃない。それを捕まえられたら、作り手として一番楽しいよね。」

造形基礎Iでは、毎回講座の時間内でひとつの作品を完成させる。予め準備はしない。
「失敗するということやね。上手くいくわけないのよ。もっと時間があれば、とか、来週まで待って下さいとか、そうじゃなくて、その日のうちにできたものでええよ、と。」

教場に集まって、3〜4時間で描ききる。条件はみんな同じだから、「材料がない」「時間がない」といった言い訳はできない。
「どっから来た習慣か知らんけど、〈失敗したらあかん〉というプレッシャーがあるのよ。だけど、満点をもらうための表現やないのやから、失敗や、だめな部分も全部自分やと、引き受けることやね。それは辛いんだけど、ちょっとした勇気を持てるようになれば、と思うな。」

 

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いろいろな画材が詰まった造形基礎Ⅰの画材箱

 

描いて、描いて、描きまくる

講座は大まかに、前期・中期・後期と分かれている。前期は、木炭で植物などのシンプルな対象を描く。 画材を木炭に限定しているのは「扱いやすくてシンプルだからやね。描いては消し、消しては描いた痕跡が残るでしょう。試行錯誤が形として残る。2学期からはクレヨンも使うけど、クレヨンは色彩が入ってくるからね。まずは白黒の木炭でやろうと。3時間で描くから乾かす暇もないしね。」

そうして最初の約3ヶ月は、色々なモノを見て・触れて描く。「耳を触って描く、なんてこともやるよ。そんな描き方したことないわけだから、どう描いてもいいわけだけど、きっちり耳の形を描く人もいるし、そうでない人もいる。」対象は植物、身体に留まらず、土・火・水・空気……と様々だ。

「美学校の良いところは、美大出身かどうかに関係なく誰でも絵をかけることやね。しかも、その絵を見られる。それが嬉しいよね。その日に描いて、その日に仕上げて、17時くらいから見せてもらう。それはすごい幸せだよね。できたてホヤホヤのどうしようもない作品が何枚も並ぶっていうのは、ドキドキするよね。それは、もちろん描いた側も同じだろうね。同じテーマで描いたのに、とんでもないものがでてきて、『あいつ、やりやがったな』って思うわけ(笑)。1人で描くんじゃなく、10人で描けば、10倍の体験ができるわけよ。」

 

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画集を見ながら話す鍋田さんと受講生たち

 

「こんなん出ましたけど」と放り出す勇気

中期以降は、与えられた対象を描くだけでなく、モチーフを自分で決めたり、コラージュや立体作品を制作したりもする。そして、造形基礎Iの最大の特徴が、講座の最後3ヶ月に制作する、長さ10mの「ロールペインティング=つづき絵(絵巻物)」だ。

「10mを切らないというルールだけで、あとは自由。ただ、紙がずっとくっついているということは、いつも10mのテーマが頭について回るということ。ここはこんなことやったけど、あそこはどないしようとか。1枚もんだったらさ、閉まってしまえばどこかに行ってしまうけど、10mだとそうはいかない。」
取材当日は、ちょうどロールペインティングの制作が始まったところ。受講生は、やたら巨大なトイレットペーパーのように巻かれた紙を傍らに置きながら、何をどのように描こうか、そのきっかけをつかもうと試行錯誤していた。

「10mといってもね、ダメな所が9mくらいあってもいいと思うんですよ。ええところが1mくらいという気持ちで。それって作り手としては結構つらいのよね。だって10m完璧にやりたいから。だから、ものすごい悩んだり、ええかっこしたりするんだけど、ダメ元の1mでいいや、残りの9mは捨てるっていう描き方でもいいんじゃないか。それにさ、描いたときはダメだと思っても、後から残りの9mがええと思うかもしれんわけよ。だから、自分で失敗したとか上手くいったとかは決めなくていいわけ。達成感はもっていいわけだけど。他人に見せるときに、ここは上手くいかなかったんですよ、とか、ここを見て欲しかったんですよ、とかいちいち言わずに、〈こんなん出ましたけど〉と放り出して行く勇気みたいなのはあってもいいと思うんよね。」

 

「それも自分で考えてみな」

講座中盤、受講生の一人が、ロール紙の下地をスプレーで黒く塗るという。室内では出来ないので、鍋田さんとともに屋上にあがる。この日は晴天だったのだが、時折強風が吹く天候だった。床が汚れないようにと敷いた新聞紙が何度も風に巻き上げられるのを必至に押さえつけながら、黒スプレーを吹き付ける。と、その時、突風が吹き、風をはらんだロール紙が、途中でビリっと破れた。一瞬のうちに、紙は2mと8mくらいに断ち切られてしまった。

 

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この後、突風が吹いて……

 

「先生どうしましょう?!」慌てた受講生は何度も先生に問いかける。鍋田さんは、あちこちに飛んだ新聞を拾いながら「それも自分で考えてみな」と返答。「手で破ったら、そんなきれいに破れへんし。破れたところを刺繍で縫い合わせたってええんちゃうん。」

受講生の彼女は、「予め絵柄を考えておかないと間に合わない」と思い、前々から10mの絵柄を考えていたと話していた。おそらく、紙が切れてしまったときには「せっかく10mの絵柄を考えていたのに、どうしよう」と焦ってしまったのだろう。でも、鍋田さんの答えを聞き、少し安心した表情で、2つに分かれてしまった紙を丸めながら、「そうですよね」と答えていた。

 

失敗にへこたれない

予期せずして、紙が破れるという「失敗」に立ち会ったわけだが、造形基礎Iでは「失敗」はマイナスではない。 「造形基礎ではね、失敗にへこたれないタフさを身につけてほしい。お金がないから絵が描けないとか、子どもが出来たら絵なんて描いてられないよという発想も、もったいない。失敗しても、お金がなくても、子どもが出来ても絵を描くという発想とか基礎体力は持ってていいんじゃないか。」

制作は一年こっきりで終わるものではない。自分のテーマを見つけるのに十年、二十年かかることだってある。だからこそ、まずは描き続けることが大事なのだ。
「こんな絵を描きたいとかはさ、それぞれでいいんだよ。先生が偉そうにこんな絵を描きなさいなんて、言うことないわけ。自分でどんどん見つけて欲しいし、悩んで欲しいよね。ただ、悩みながらもいつも手を動かなきゃいけないということを、この講座で訓練してほしいな、と。上手くいったか上手くいかなかったかなんて、後で考えたらええの。作り手はね、作りっぱなしでいい。いずれにしろ上手くいかないんだから(笑)」

 

 

NabetaTsuneo

▷授業日:毎週土曜日 13:00〜17:00
モノ(事柄)を観察し考察し描察します。モノに対する柔軟な発想と的確な肉体感覚を身につけます。それぞれの「かたち」を模索し、より自由な「表現」へと展開する最初の意志と肉体の確立を目指してもらいます。

 

 

ライタープロフィール


木村奈緒

木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。メーカー勤務などを経て、現在は美学校スタッフとして広報を務めながら、フリーライターとして文章執筆やイベント企画を手がける。
過去の企画イベントに「ヨーゼフ・ボイスナイト」「工藤哲巳ナイト」など。現在、美術家・会田誠さんのエッセイにて共同執筆中。Twitter@nao0108