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講座レポート「生涯ドローイングセミナー」

講座レポート「生涯ドローイングセミナー」


 

いっぽんの線の意味

生涯ドローイングセミナー

文・写真=木村奈緒


 

ペインティング、ではなくドローイング。イラストレーション、ではなくドローイング。デッサンでもスケッチでもデザインでもなくドローイング。ドローイングって一体なんなのか。「生涯ドローイングセミナー」の講座紹介文には、こうある。

さてドローイングとはどういうものでしょう。これはDrawingと書いて英語で、“線を引く。図面”などを意味します。美術の世界では、紙などに鉛筆やペン、水彩などで描かれた表現形式を言います。(講座紹介文より)

イーゼルにキャンバスを立てかけて、油絵の具を用意して、筆をもって、いざ絵を描く。と聞くとどうも敷居が高いが、そのへんにある紙に、そのへんにあるペンで、びっと線を引く。それだけならばぐっと敷居が低くなる。というより、日常的にやっている行為かもしれない。講師のひとり、宮嶋葉一さんは「ドローイングは技法的な制約が少ない。3歳児でも出来る。だから可能性が大きい」と話す。

 

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講座の様子。写真右奥が講師の宮嶋さん

 

生涯ドローイングセミナー」は、そんふうに何気なく紙に描かれた線=ドローイングの意味を、生涯をかけて探しに行く第一歩となる講座だ。ただ、紙をじっと見つめて考えるのではなく、手を動かしながら考える。だから講座では受講生は黙々と、ぐいぐいと描く。描く、というより、線が引かれるたび、絵の具がのばされるたびに画面が自ずから立ち上がってくる、と言った方がふさわしいかもしれない。教室に響くのは、水彩絵の具を指の腹でこする音、色鉛筆を紙の上で力強く往復させる音、音、音。

 

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思い思いの画材を使う

 

生涯ドローイングセミナー」は、2005年に開講した。当初はOJUNさんがひとりで講師を務めていたが、09年ごろからは宮嶋さんも加わり、今では宮嶋さんがメインの講師を務める。OJUNさんと宮嶋さんは大学時代の同級生で、1990年〜94年には同時期にドイツ・デュッセルドルフに滞在している。そして今では美学校で同じ講座を受け持っているのだから、とても長い付き合いだ。

 

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前述したとおり、講座はほとんどの時間をドローイング制作に費やす。ゲストを招いて話を聞いたり、中間展を開いたりすることもあるが、前期から後期まで一環してドローイングを行う。今は次から次へとドローイングを描いている受講生も、当初はそんな講座の形式に少し戸惑ったと言う。

「周りは知らない人ばかりだし、講義ではなく黙々と描くので、最初の3回くらいはこれからどうしたらいいんだろうと思いました。でも、だんだん馴染んでくると、枚数を描けば描くほど楽しくなって。悩みも深まるけど、悩みの質が変わってくるんです。OJUNさんが、『このドローイングが、ほかのドローイングを見ている』という言い方をしていたんですが、枚数を描くとその言葉がストンと腑に落ちるんです。描いていくと、違う自分が見つかるというか」(受講生)

夏休みの課題は、とにかくたくさんのドローイングを描くこと。夏休みを経て、大きく絵が変わる受講生も多いそうだ。

 

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次から次へと画面が立ち上がる

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中間発表会の様子。所狭しと並んだドローイングをOJUNさんらが講評 

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受講生には美大生もいれば、絵を学んだことがない主婦もいる。18歳のときに美大受験に失敗したものの、久々に絵を描こうと79歳で受講したおじいさんもいた。年齢も肩書も画風もバラバラだが、受講生には共通して「絵を描きたいというエネルギー」があるそうだ。修了生の多くは、何かしらの形で絵を描き続けていて、なかには作家や漫画家になった人もいる。

自身も東京藝術大学で学んだ宮嶋さんは、「日本では、美大に合格するために予備校で技術を磨くけど、その弊害もあって、18歳や19歳で洗練されすぎてしまうんだよね。もっと荒削りな状態でやればいいんだけど、大人っぽくなっちゃうから入学してから伸びないんです」と話す。

 

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年度末に行う卒業制作展では、一年を通して描きためたドローイングで、マッペ(ドイツ語でファイルの意味。講座ではドローイングブックを意味する)を制作する。分厚くふくらんだマッペは、作者を体現しているようで、ドローイングの持つ「下書き」「落書き」以上の意味を感じさせる。

「ドローイングは、デッサンやスケッチと似ているけど、もう少し積極的な意味があります。単なる下図ではなく、ペインティングと同等の価値を持つんです。それでいて、技術的な制約は少ない」と宮嶋さん。ヨーロッパの美大にはドローイングの教授がいるそうで、ドローイングがひとつの表現手法として重視されているのがよく分かる。

 

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マッペの台紙。これに一年間のドローイングをファイリングする

技術的制約が少ないから、何かしら紙と描ける材料があれば、誰でもドローイングは始められる。でも、目の前に一本描かれた線が何を意味するか、なぜ自分がこのような線を描くのか、は案外分からない。ここにドローイングの奥深さがある気がする。

そこで試しに紙の上に鉛筆で線を引いてみます。
ところがその途端にドローイングという言葉や意味が少し足りない、あるいはボンヤリしてしまうことに気がつきます。これは言葉の間違いや不足ではなく、また君のイタラナサでもありません。君が、「この世」に線を引いたり色を塗ったりしたことで沈んでいた澱みを掻き起こしてにごらせてしまったからで、その “混濁” を表す言葉が見つからないのと、たかが一本の線を引いた事の意味や理由がそう易々と見つからないからです。それをこれから生涯かけて探しに行きます。
その長大な時間も “ドローイングする” と言ってもいいかも知れません。
取りあえず今年がその一年目になります。(講座紹介文より)

生涯ドローイングセミナー」を受講するのに、美大の入試のように技術は求められない。本格的な道具もなくたって構わない。席に座って、ペンをとって、紙にいっぽんの線を描いてみること、そして一年間描き続けてみることから、長い旅路の一歩が始まる。

 

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[修了展のお知らせ]

「生涯ドローイングセミナー」修了制作展「なまどろてん」が、3月26日から4月6日までターナーギャラリーにて開催されます。今年は講座開講10周年を記念して15年度受講生・講師の他、修了生も多数出品予定です。詳細はこちら

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Miyajima Yoichi

▷授業日:毎週火曜日 18:30〜21:30
Drawing「線を引く。図面」などを意味します。美術の世界では、紙などに鉛筆やペン、水彩などで描かれた表現形式を言います。描ける材料ならどのような画材でも持参してください。毎回ドローイングの制作を行います。

 

 

ライタープロフィール


木村奈緒

木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。メーカー勤務などを経て、現在は美学校スタッフとして広報を務めながら、フリーライターとして文章執筆やイベント企画を手がける。
過去の企画イベントに「ヨーゼフ・ボイスナイト」「工藤哲巳ナイト」など。現在、美術家・会田誠さんのエッセイにて共同執筆中。Twitter@nao0108