「アートに何ができるのか」第二期 修了展:ゼロ・ゼロ・プラクティス

2024年4月12日(金)〜15日(月)



アートに何ができるのか」の第二期 (2023年度) 受講生による修了展が、美学校本校 2Fにて開催されます。是非ご来場ください。


■展覧会情報

出 展:Asahi Aihara, Ayaka Ura, Daisuke Araya, Fumio Kakiya, Sayaka Oishi
キュレーター:Sayaka Oishi
会 期:2024年4/12(金)〜15(月)
時 間:13:00-20:00(最終日18:00まで)
会 場:美学校 本校2階
〒101-0051東京都千代田区神田神保町2-20第2富士ビル 2F

■トークイベント
4/13(土)18:00-20:00美学校本校2F 展示室にて


■展覧会ステートメント

ゼロ・ゼロ・プラクティス

We should fight hate and the dissemination of ignorance and fear with the effective use of history and fact. Ideology cannot stand it when we make connections.
”1990: L.A., ‘The Gold Field” Felix Gonzalez-Torres

私たちは、歴史と事実を効果的に用いることで、憎しみや無知と恐怖の流布と闘うべきだ。イデオロギーは、私たちがつながりを持つことに耐えられないのだ。

 20世紀後半急速に進んだ、人、もの、情報の移動は、10年代から本格的に普及したインターネットが拍車をかけ世界各地で広がりを見せる。SNSにはリアルタイムに絶えず広がる争いや分断が際限を知らず増殖している。ニュースを見れば、戦地の地下シェルターにいる人々の惨状、党大会へのデモ、深刻な経済状況に対する金融政策、受け止めきれない情報が毎日のように溢れ流れていく。個人の生活の営みと社会で起こる事柄に距離を感じる人もいるかもしれない。しかしこの状況こそが資本主義空間における分業化の影響のひとつと言えるだろう。アダム・スミスは、資本主義社会において個人は自身の幸福の追求に集中し、全体の事柄は一部の人間が決めればいいと言うのだ。それによって事実、問題、出来事を、完全に独立したものとして誤認させてしまう。フェリクス・ゴンザレス=トレスは、”1990: L.A., ‘The Gold Field’”において「情報産業の爆発と同時に、意味の崩壊が起こる。意味とは、私たちが情報を日常的なレベル、つまり「私的」な領域に持ち込むことで、比較することができたときに初めて形成されるものだ。そうでなければ、情報はただ通り過ぎてしまう。それこそが、イデオロギー装置が望み、必要としていることなのだ。」と記している。
 今講座において、「アートに何ができるのか?」という問いのもと、現行社会の「当たり前」を本質的な部分から見直し、解体する作業を精緻に積み重ねてきた。まず、現在のアートを取り巻く社会的な状況を振り返り、その枠組みの根底にある近代社会の歴史的構造と展開をロックとルソーの社会契約説から紐解いた。次に、社会を形作る一人ひとりが、どのようにしてその枠組みを内面化するのかをラカンの精神分析の視点から分析した。これらの過程を通して「アート」と呼ばれるものの本質を捉えることを試みたのだ。その上で「アートができること」を、私たちが日常を営む生活経済圏をまるごと問い直す中で、それは一つに「世界の内側を作品として可視化し、外側へと導くこと」にあるのではないかという結論に至った。
 この講座内で通底することに、既存の枠組みを解体し、共通言語を作り上げるべく、粘り強くディスカションを行ったことにある。私たちは、講師は哲学者、受講生はアーティスト、演劇家、刺青師、大学生、と所属も年齢も全く異なる。しかし話し合いが可能であったのは、「自由・平等・正義」など抽象的で意味が複数存在する言葉や概念に対して、各々の価値観を振り返り、ほぐしあい、共に共通認識を作り上げてきたことにある。講師の荒谷大輔はこのプロセスを「ゼロ地点ルール」と名付け、互いに納得できる正しさを話し合いの中で生み出そうとしている。
今展において私たちは、ゼロ地点ルールを内面化した受講生としてその練習と実践を行う。再生産し続ける争いや分断に対して、ゼロ地点に立つことで生まれる対話の可能性を示すことを「アートに何ができるのか?」に対する応答としたい。(キュレーション Sayaka Oishi)

 


アートに何ができるのか 〜哲学的視点でつみなおす ART ゼミ〜 荒谷大輔 荒谷大輔

▷授業日:隔週火曜日 18:30〜21:00
この講座では、まず現在アートがおかれている社会的な状況を振り返って考えながら「アート」と呼ばれるものの本質を明らかにします。参加者が知らないうちに身に着けている価値観の前提を問い直しつつ、それでも直観的にはおそらく各人が捉えているアートの本質を、ディスカッションの中で明らかにしていければと思います。