「銅版画工房」を受講して


美学校の開校初期から現在まで続く「銅版画工房」。工房には、現役の受講生はもちろん、自身の作品制作のために工房に通う修了生の姿があります。本稿では、修了後も銅版画の制作をつづける南花奈さんと堀越照美さんに話を聞きました。

南花奈さん

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南花奈(みなみ・かな)|1990年東京都生まれ。2012年多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。2019年美学校「銅版画工 房」修了。主な個展に「Closed Room」(MASATAKA CONTEMPORARY、東京、2021)。写真は南さんの銅版画による作品と銅版。kanaminami.tumblr.com

銅版で作品をつくってみたくて

 もともと美大の油絵科に通っていて、絵画作品を制作していました。銅版画は授業で1、2回やったことがある程度でしたが、大学を卒業して作家活動をするなかで、また銅版画をやってみたいという気持ちが湧いてきました。大学在学中から、インクやペンで紙に細かく描きこんでいく作品を制作していて、そうした作品を銅版でつくってみたいと思ったんです。

 美学校の「銅版画工房」は、ネットで銅版画を学べるところを探していて見つけました。職場が水道橋で、当時は仕事が午前中終わりだったので、仕事終わりに通えることもあって受講を決めました。2017年から2年間通って、その後は、美学校でしかできない作業のたびに単発で通っています。(※1)作業としては、まず美学校に来て銅板を防蝕剤でコーティングします。その銅板を自宅に持ち帰り、何ヶ月かかけてニードルで図柄を描きます。図柄が描けたら、今度は美学校で腐食(エッチング)して刷ります。

 絵画は手で直接描いたものが作品になりますが、銅版画は銅板に描いて刷ったものが作品になります。「刷り」というフィルターがかかることで、自分の意図しないものが表れます。偶然性の強い点が難しくもあり面白くもありますね。今も手描きの作品がメインですが、展覧会を開催するときに作品にバリエーションをもたせたくて、銅版画の作品も定期的に制作しています。もちろん、手描きには手描きの良さがありますが、銅版画はより細かい線の表現が可能なのと、複製できる点が魅力です。

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南さんの個展会場に展示された、銅版画の工程を記したノート

緊張感も喜びも大きい銅版画

 受講当初は、銅版画と言えば、四角い銅板を彫って刷るイメージだったので、銅板を自由な形に抜けるとは思っていませんでした。講師の上原さんに、型抜きができると教えてもらって、自分でもやってみたいと思ったんです。最初の頃は、板をディープエッチングという手法で腐食させて形をつくっていましたが、腐食するのに何日もかかるし、エッジの部分がギザギザになってしまうので、綺麗にならすのに何ヶ月もかかってしまって大変でした。

 その後、型抜き屋さんで銅板を抜いてもらえることがわかってからは、抜きの工程は発注しています。制作方法としては、まず紙に鉛筆やインクでアウトラインを描きます。納得いく形が描けたら、スキャンをしたりカメラで撮影したりしてパソコンにとりこんで、データにしたものを型抜き屋さんに送って抜いてもらいます。版画は刷ったときに反転するのが特徴なので、パソコン上で反転させて刷り上がりを想像してみたりもします。細かい模様はエッチングという手法で銅板に描いていきます。

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モチーフの形に型抜きした後、エッチングによって細かく模様が刻まれた銅版

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上図の銅版を刷った作品(部分)

 手描きの絵は、うまくいっているかどうかがダイレクトに分かりますが、銅版画は実際に刷ってみるまで、絵がどんなふうに出るかわからないので、「もしかしたら作品にならないかもしれない」という緊張感があります。特に私は、描画に2〜3ヶ月ぐらい時間がかかるときもあるので、描画のときも刷っているときも緊張感は大きいです。そのぶん、うまくいったときの喜びも大きいですね。刷り上がりは1枚1枚異なるので、納得がいくまで何枚も刷ります。

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シルバーのインクで刷った作品(部分)

銅版画のすごさを知って、世界が広がった

 講師の上原さんは、本当に自由にいろいろやらせてくれる先生です。自由に制作できる点に惹かれて美学校を選んだので、自分に合っていてすごく制作しやすい環境でした。少人数制なので、丁寧に見ていただけるのも良かったです。毎週新しい技法を学べるのが楽しみでしたね。プレッシャーもなく、ただただ楽しく作れる機会は、大人になると少ないので新鮮でした。上原さんは、受講生のことを否定せずに、ほめて伸ばしてくれる先生です。

 銅版画の技術をひととおり勉強したのは、すごく良かったです。もともとつくりたいと思っていた作品自体が変わることはありませんでしたが、いろんな技法を知っているのと知らないのとでは全然違うと思います。美術館で他の作家さんの銅版画を見るときの見方もすごく変わりました。版画は複数枚刷れるぶん、絵画よりも値段が安かったり、ちょっと下に見られがちだと思うんです。だけど、実際に自分が銅版画をやってみて、絵画よりも簡単なんてことはないとわかったし、版画のすごさを知ることで、世界が広がりました。

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受講当時に刷った銅版を手にする南さん

 自分でも不思議ですが、私は手先が器用なわけではないんです。裁縫も、工具を使ってモノを作るのも得意ではありません。だけど、細密にきっちり描くことだけは昔から好きでした。絵は大きければ大きいほど良いとされる傾向がありますが、小さくても良い作品はあります。自分の作品に関しても、作品が大きいことが必ずしも重要ではないと思っていて、作品の大きさよりも密度を追求していきたいです。また、一色のインクでも拭き取り方によって部分的に色の濃度を変えるなど、刷りの技術も磨いていきたいです。

 展示では、刷った作品と銅版を並べて展示することもあります。多くの人は銅版画に馴染みがないので、ぱっと見では版画だとわからないようですが、説明をしたり、プレス機でエンボス状になった紙の裏面を見てもらったりすると、面白がってくれます。今は、銅版画を毎年3点は必ずつくるという目標を立てて制作しています。今後も銅版で作品をつくっていきたいです。

(2022年12月1日収録)

※1)版画系講座では、3年目から短期での工房利用が可能。

堀越照美さん

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堀越照美(ほりこし・てるみ)|「銅版画工房」修了。現在も自宅と美学校で制作を続ける。主な個展に「堀越照美 銅版画展」(土日画廊、東京、2022年)。

居心地の良い場所

 美学校の「銅版画工房」を受講したのは、今から30年ほど前のことです。当時の事務局の方に「『銅版画工房』は受講生が少ないから、今だったら先生が丁寧に教えてくれるわよ」と言われて。少ないと言っても、「銅版画工房」だけで20〜30人受講生がいたので、今と比べたら多いんですけどね。もともと美大でデザインを学んでいましたが、版画は今まで知らない世界だから面白いかなと思って、カルチャースクールに通うような気持ちで受講しました。

 美学校は『イラストレーション』か何かの雑誌に広告が載っていて知ったのかな。当時勤めていた会社が近くにあって、会社帰りに寄れるのも良かったんです。当時は吉田克朗さんが講師をされていました。受講生はやる気のある方々ばかりでしたね。すでに個展をやられている方もたくさんいて、熱気がありました。

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『1998年度 美学校 銅版画工房作品集』に収められた堀越さんの作品

 先生に技法を教わって制作するのは今と同じですが、当時は月に1回くらい講評会がありました。それぞれの作品について意見を出し合うんですが、みんなあまり気を遣わずにはっきり言ってくれるので(笑)、それが楽しかったですね。会社では気を遣わなきゃならないことが多かったけど、美学校は好きなことを言えるし、好きなことをやっていいから、居心地が良かったです。

身近にあるものを描く

 今、美学校では「銅版画工房」(講師:上原修一)と「版表現実験工房」(講師:清野耕一)のふたつの講座で銅版画を学べますが、上原さんと清野さんも、当時はまだ生徒でした。上原さんは受講1年目から個展をやられていて、すごいなと思って見ていました。私は会社に勤めながら、週に1〜2回制作できればいいかなと思っていたので、個展を開催するなんて全然考えていなくて。受講から5〜6年経って、周りにすすめられてようやく個展を開催しました。

 生徒として3年ほど受講したあとは、美学校でしか出来ない作業を中心に通っています。好きなことを好きなだけ時間をかけてのんびりやっている感じですね。描くものは身の回りの花や虫が多いです。これを描かなきゃ、こういう作品を作らなきゃという考えは全然ありません。花は四季をつうじてあるので、モチーフには事欠かないんです。いかにも「頑張りました」という感じがする、わざとらしい作品はつくりたくなくて、散歩をして見つけたものや、近くにあるもので綺麗だなと思ったものを描いています。

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現在制作中の銅版

 以前はすごく几帳面にスケッチして、きちんとやっていましたが、最近は老眼も進んで、体がもたなくなったので、昔ほどスケッチはしなくなりました。今はちょっとスケッチをして下描きをしたら、それを銅板に写しています。以前に比べたらだいぶ楽をしていますが、それはそれでいいかなと思ってやっています。

 銅版画はプレス機から紙をはがすときが面白いですね。描いている絵と刷った絵は反転するので、こんなふうになったんだって発見があります。同じ版でも色を変えて刷れるので、あまり最初から決め込まず、描きながらああしよう、こうしようと考えていくのが楽しいです。あと、銅版画は、一度刷った版にあとで描き加えることもできるので、気が済むまで好きなようにやれるところも魅力ですね。

「ちょっとやってみたいな」ではじめて良い

 2年前ほど前に、はじめて自分の銅版画を図柄にしたカレンダーをつくりました。出来上がったカレンダーを、親戚のおばちゃんたちにあげたら想像以上に喜んでくれたので、今年もつくっています。おばちゃんたちはそもそも銅版画がわからないから、「銅の板に描くんだよ」と説明しても「へー」という感じですが(笑)。でも、自分の作品を見て喜んでもらえるのは嬉しいですね。

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写真いずれも、カレンダーに用いる堀越さんの作品。
月ごとに異なる動植物が緻密に描かれている。

 パートで介護の仕事をやっていて、一気に制作するのは難しいので、仕事や家事の合間にぼちぼち制作しています。暖かい日に、近くに山茶花が咲いていたらそれを描いたりして。腐食とか刷りとか、家ではできない作業は美学校にやりに来ていますが、それがちょうどいいんです。ずっと家で絵を描いていると疲れてしまうので。美学校は昔から変わらないゆるさがいいですね。誰かがこっちのスペースを使っていたら、自分はあっちで作業すればいいし、作業場の予約などの手間もかからなくて助かっています。家や仕事の都合で通えない時期もありました。でも、気が向いたときにふらっと来れたからこそ、続けられたのかなと思います。

 家の押入れには、これまでに刷った作品がいっぱいあって、これを片付けるともっと荷物が入るぞ……と思うんですけど(笑)。2、3年に一度、中野にある土日画廊の方が声をかけてくださるので、そのときにたまった作品を見せる形でときどき展示もやらせてもらっています。作家を目指すとかじゃなくて、「銅版画をちょっとやってみたいな」くらいの気持ちで「銅版画工房」を受講してみてもいいんじゃないかな。銅版は小さい作品でも魅力があるので、大作を作ろうと思わなくても大丈夫です。小さいものからちょっとはじめてみるのは、すごく手軽でいいんじゃないかなと思います。

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土日画廊での展示の模様

(2022年12月7日収録)
取材・構成=木村奈緒、撮影=皆藤将


銅版画工房 上原修一 Uehara Shuichi

▷授業日:毎週木曜日 13:00〜17:00
銅版画の特徴として、一つは凹版であることが挙げられます。ドライポイント、エッチング、アクアチントといった銅版画技法の基本技法と、インク詰め、拭き、修正、プレス機の扱いなど、刷りの基本技術を学びます。