「建築大爆発」蟻鱒鳶ル編


建築家の岡啓輔と、美術家・建築家の秋山佑太が講師を務める「建築大爆発」。2024年度は授業形態を変更し、5〜10月は岡さんが長年セルフビルドを続けてきた東京・三田の蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)で授業を開催しました。コンクリートの質にこだわり、200年は持つと言われている蟻鱒鳶ルの一部となるものをつくろうと、受講生それぞれが考え、制作。着工19年目にしてついに一旦の完成を迎えた蟻鱒鳶ルの様子と、受講生の制作過程をレポートします(記事中の作業は安全を確保したうえで行っています。また、2025年度は蟻鱒鳶ルではなく美学校で開催します)

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蟻鱒鳶ル、その独自な工法

蟻鱒鳶ルが建つのは40平米ほどの小さな敷地。近くには丹下健三設計のクウェート大使館、大江宏設計の普連土学園が並びます。岡さんが自邸を建てるべく2000年にこの土地を取得。2003年に建築、インテリアなどの公募展「SDレビュー」に蟻鱒鳶ル案が入選し、2005年11月に着工。以来19年に渡り、岡さんと友人らが建設を続けてきました。建設途中に蟻鱒鳶ルを含む一帯が再開発区域に指定されましたが、紆余曲折を経て再開発計画の一部として建設を続行することに。2025年夏に10メートル後方に曳家をした後、2026年の竣工を予定しています。

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蟻鱒鳶ルと岡さん(2024年11月5日撮影)

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曳家工事のための仮囲いに覆われた蟻鱒鳶ル(2024年12月5日撮影)

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東南面から見た蟻鱒鳶ル(2024年10月24日撮影)

蟻鱒鳶ルを語る際に必ずといっていいほど言及されるのが、コンクリートの質とその工法です。現場のコンクリートミキサーで練るコンクリートは、水セメント比37%。一般的なコンクリートに比べて水分量を抑えており、重たくて扱いにくいものの耐久性に優れています。そのコンクリートを打つのは高さ70センチが基準で、無理していっぺんに何メートルもの高さは打ちません。これにより安全に打設を行えます。

至るところに見られる不思議な模様は「ビニール型枠」によるもの。コンクリートを流し込む型枠に農業用ビニールを巻くことで、型枠とビニールの間にモノを仕込むことができ、コンクリートに凹凸が生まれます。質の良いコンクリートにするには、打設後に水分を与えて一定期間養生することが重要ですが、ビニールによって型枠が保護されているので、養生後も型枠が傷まず再利用が可能になるメリットもあります。

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プラスチックの弁当箱や自転車の車輪を型枠に仕込んでつくった天井

蟻鱒鳶ルは岡さんが「ひとりで建てた」と形容されることも多いですが、特にここ数年はさまざまな人が建設に関わってきました。多くは建築の素人で、現場で手を動かしたりYouTubeで技術を学んだりしながら技術を身に着けてきました。岡さんは蟻鱒鳶ルを即興的につくることを志しており、あらかじめ細かな設計図は描いていません。そのため、何をどうつくるかは制作者に委ねられています。建築家が図面に描いたものに忠実につくるのではなく、作業をする人が主体となってつくることで、蟻鱒鳶ルは建築主の岡さんの想像すらも越えた建築になりました。

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ウォータースライダーのような雨樋と、カーブを描く窓

手を動かして考える「建築大爆発」

さて、ここからは「建築大爆発」について紹介。講座では実際に手を動かしてものをつくることを通して、建築や芸術について理解を深めることを目指しています。具体的には、秋山さんによる椅子のレクチャーと制作、コンクリート打設実習などの共同制作を行うほか、それぞれの関心事や問題意識に基づいた個人制作も行います。秋山さんが制作拠点にしている埼玉県秩父でのリサーチや、秋山さんと岡さんとも異なる活動をしているゲストを招いての講義も行うほか、1年の終わりには毎年修了展を開催しています。

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秋山さんによる椅子制作の授業

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それぞれの《夢の家》を展示した2023年度「建築大爆発」修了展

蟻鱒鳶ルが2024年10月で一旦の完成を迎えることから、2024年度は建設に立ち会える最後の機会。そのため、美学校を飛び出して毎週土曜の午後、蟻鱒鳶ルに集まり何をつくるか思案してきました。曳家後に仕上げ作業をして完成するものもありますが、ここでは制作過程の一端を紹介します。

鉄筋の家具、オブジェ

 妻とふたりで暮らす家に合うテーブルをつくりたいという理由で講座を受講した阿久津朋宏さん。蟻鱒鳶ルでも奥さんと何をつくるか電話で相談しながら制作を進めていきました。阿久津さんが主に取り組んだのは、鉄筋の溶接です。ベンダーで鉄筋を曲げたりカットした後、溶接機を用いて溶接を行います。はじめに鉄筋のピンチハンガーをつくり、次に鉄筋の椅子を制作しました。

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ベンダーで鉄筋を曲げる阿久津さん

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鉄筋のピンチハンガー

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鉄筋の椅子
座面も鉄筋の端材でつくられていて、ちゃんと座れる

これらの制作物を奥さんに見せたところ、奥さんは「せっかくだから蟻鱒鳶ルに残るものを作ったら」と一言。岡さんと相談して、最終的に玄関ドアの開閉機構の一部をつくることになりました。授業日以外も蟻鱒鳶ルに来て、一人黙々と作業する阿久津さんがつくったのは鉄筋と鉄板でできたセミ。このセミが重りとなって、玄関ドアが開閉するたびにセミが上下する仕組みです。幼い頃、昆虫採集と標本づくりに夢中になったという阿久津さん。幼少期の家族との思い出が込められた鉄のセミが、これから何百年と蟻鱒鳶ルで生き続けます。

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完成したばかりの鉄のセミを手にする阿久津さん

お地蔵さんの台座、鳶飛行機の壁

美大の油絵科に通う大木花帆さんは、2023年度の受講生で今期はTAとして参加している長里実奈さんとタッグを組んでふたつの構造物を制作。ひとつは屋上に据える予定のお地蔵さんの台座、もうひとつは2.5階に位置するトイレの壁です。

お地蔵さんの台座は蟻鱒鳶ルのてっぺんに位置するもの。どのような台座にするか悩んだ末、これまで蟻鱒鳶ルの型枠に使われたパーツや、受講生の制作で出た端材などを型枠に仕込んで“ミニ蟻鱒鳶ル”を目指しました。

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型枠の内側にモチーフを固定し、農業用ビニールを巻く

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完成した型枠にコンクリートを打設
上面を左官で滑らかに仕上げた

出来た台座はまるで蟻鱒鳶ルから生えてきた切り株のようでもあります。蟻鱒鳶ルの窓ガラスを切ったときに出た端材のガラスやサンゴ礁なども埋め込みました。この台座のうえに、蟻鱒鳶ルの地下を掘っているときに出てきた大谷石(おおやいし)で彫ったお地蔵さんが鎮座する予定。

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脱型直後の台座に背中合わせのお地蔵さんを仮置き

2.5階のトイレの壁は面積が大きいこともあり、まずは試作を重ねました。ふたりのアイディアは、折り紙で「鳶飛行機(とんびひこうき)」を折ったときの折り線をコンクリートに反映させるというもの。試作段階では、鳶飛行機を折って広げた和紙に石膏を流し込み型を作成。その型を用いて板状のコンクリートを打設しました。

結果は写真のとおり。蟻鱒鳶ルのオーソドックスな型枠とは雰囲気の異なる格好いいコンクリートができました。ただし、この方法で大きな壁を一気に打設するのは難易度が高いため、もう少し面積が小さくて済む別の場所の壁に転用できないか検討しています。

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修鳶飛行機の折り線が刻まれた試作品のコンクリート

シジュウカラのための巣箱

小屋をつくりたいという夢を持って「建築大爆発」を受講したharuさんは、蟻鱒鳶ルにシジュウカラのための巣箱を設置すべく制作に励みました。丸太を削って巣箱をつくり、木が雨で腐らないようコンクリートの屋根をかけます。屋根をかけると一言で言っても、どんな形状にするのか、巣箱本体とどう接合するのか、どのぐらいの重さなら耐えられるのかなど、考えなければならないことが山積みです。小柄なシジュウカラに自身を重ねることがあるというharuさん。この巣箱は、haruさんが将来建てる小屋の原型と呼べるものなのかもしれません。

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根気よくノミで丸太を彫り続けるharuさん

生き物のようなオブジェ

大学で建築を学び、駆け出しの大工として仕事をする水戸部蒼さんは、生き物のような蟻鱒鳶ルに呼応して、壁や棚をウネウネと這うオブジェを構想しました。そのため、ビニールそのものを型枠として利用することに。筒状に成形したビニールにコンクリートを少しずつ流し込み、柔らかいうちにヒモで縛ったり、とぐろ状に巻いたりして試行錯誤を重ねました。

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円筒状の型枠を制作する水戸部さん

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前週に打設した試作品を脱型し、改良点を探る

長くしたいけれども、長くすればするほど途中で折れやすくなるジレンマも生じます。完成後は居間として使われる予定の部屋への設置を考えていた水戸部さん。岡さんからは居間のような人々がくつろぐ場所にモノをつくることの難しさも伝えられました。自分の家に飾りたいと思うほどのものをつくれているのか、人々の暮らしの中でどんなふうに使われるものなのか。ずっと残るものをつくることの難しさにも直面しながらの制作です。

庭付きの庇(ひさし)

デザイナー/アートディレクターとして活動する奥間迅さんは、北側壁面の窓に庇を制作しました。しかも単なる庇ではなく土が入れられる“庭付きの庇”です。これから移動する曳家先に、現在、蟻鱒鳶ルが建っている土地の土を入れて運ぼうというアイディア。再開発エリアの地形を模した型枠を制作し、3階床面の高さに設置しました。

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打設は2段階に分けて行った
排水用の穴を開けるためにろうそくを挿している

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庇を足場にして作業をする奥間さん

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蟻鱒鳶ルの地下を掘った土が投入され、庭ができた

プラネタリウムの庇

アートライターとして世界のアートフェアやビエンナーレを取材する佐藤久美さんも、奥間さんと同様、北側壁面に庇を制作しました。蟻鱒鳶ルに宇宙の要素を加えたいと、プラネタリウムのようなドーム状の庇を考案。苦労して手に入れたという発泡スチロールのドームに星座を彫刻しました。彫られた星座のひとつ「りゅうこつ座」のカノープスという星は、北半球では地平線すれすれに昇り、なかなか見られないことから縁起の良い「長寿星」として知られているそうです。

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このドームを壁面に固定し、ドームより一回り大きい型枠をベニヤで組んでいきます。ドームとベニヤの隙間にコンクリートを流し込む段取りで、型枠の隅々にコンクリートを流し込むため、ベニヤの型枠は下半分と上半分に分けて制作。下半分にコンクリートが入ったら、上半分の型枠を被せて固定し、てっぺんまでコンクリートを流し込みます。足場の解体前に打設を終えなければならないため、日没後も照明の下で作業を続けました。

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頂点部は左官仕上げ

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脱型直後の庇

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奥間さんと佐藤さんの庇がアクセントになっている北側壁面
いずれも曳家後に仕上げをして完成

10月末に蟻鱒鳶ルでの作業を終えたあとは、美学校に場所を移し、修了展に向けた個人制作に取り組んでいます。2025年度以降も講座ではコンクリート打設実習や作品制作など、つくることは引き続き行う予定です。曳家後の蟻鱒鳶ルでの授業もあるかも(?)しれません。

ものをつくることを通して何か考えてみたいという人はぜひ「建築大爆発」へ。また、蟻鱒鳶ルが竣工したあかつきには、受講生がつくった“蟻鱒鳶ルの一部”をぜひ見に行ってみてください!

取材・構成=木村奈緒 写真=皆藤将、木村奈緒


建築大爆発 岡啓輔+秋山佑太

▷授業日:毎週土曜日 13:00〜16:00(10月まで)
建築家でありながら現場で大工として多くの経験をしてきた岡啓輔と秋山佑太によるハードコアな建築とアートの講座です。建築家志望の人も、職人志望の人も、アーティスト志望の人も、今は建築にもアートにも関わりがない人も、この交差点に感心があれば来てください。