物々交換所 第10回「箱の中」


 酒井貴史


所謂「警察沙汰にする」ことはシュレディンガーの猫の実験の箱を開けることと似ているんじゃないでしょうか。

参考 ウィキペディア : シュレディンガーの猫

外からは中を観測できない密閉された箱の中身Xが◯◯という状態であるか、△△という状態であるかは蓋をあけて観測されるまでは不確定であり、箱の中には「50%の◯◯状態のX」と「50%の△△状態のX」が同時に存在する状態で、蓋を開けて◯◯のXが観測された瞬間に一方の△△のXは消滅し、再び不確定の状態に戻る事は無い。というような話です。

警察とは社会の中で「観測する」役割を担い、明文化し、数値化し、境界線を引きます。
そこで「正しい値」が確定されると、あり得たかもしれない他の値は「正しくない値」とされます。
つまり白である可能性と黒である可能性が50%の割合で併存する灰色の領域に光をあてる機能です。
その介入によって確定された「正/誤」あるいは「安全/危険」「有益/無益」「合理/非合理」は強い強制力を持つことで社会の基盤を支えています。
またその強制力は不可逆であり『グレーだったものに白黒をつけると、再びグレーに戻る事はない』という性質もあります。

物々交換所の場合

ここで武蔵野美術大学の物々交換所撤去の事案について振り返ってみます。
経緯を説明すると、交換所で手に入れた自転車に乗っていた学生が警察の検問を受け、防犯登録の照会により盗難車であることが分かったことが発端です。
その自転車の入手元として名前が上がったのが『武蔵美大の物々交換所という場所』であり、警察から大学側にそのような場所があるのかということの問い合わせが為されました。(念のため書きますが、自転車は廃棄されている物でも乗車すると違法です)
交換所は公認の場所ではなく「大学側としては認知しないが強制撤去もしない」という状態が継続していました。
しかし本来管理下に置くべき大学構内に「認知されていないもの」が存在することは矛盾します。
警察という外部からの視点に曝されることで、それまで併存していた「存在を黙認するもの」か「存在を看過できないもの」かという可能性が収束し後者に確定しました。確定したことに関しては受け止める必要があります。

騒音と通報

催し物を行う際の騒音を「近所の人に怒られる」のではなく「通報されてしまう」という話を良く聞きます。
これは警察が「関わりたくない物を追い出してくれる便利屋さん」のように濫用されることで、本来周辺の人間で負担するべき領域まで外部委託してしまう例に見えます。
無論「通報すること」自体は否定されるべきものではなく、催しを行う側の自主的な周辺への配慮は当然の義務です。
それでも所謂「警察沙汰にする」ことの取り返しのつかなさには自覚的になる必要があります。
「夜中に騒いで怒られたことに対し素直に謝る」ことと「自身が正しいと考える主張への批判に対し簡単に忖度してはいけない」ことの間にははっきり線引きのできない曖昧な領域が存在し、状況の判断を誤ると本来時間をかけて議論されるべき複雑な事柄が単純に解釈されてしまう恐れがあります。
複雑な領域を複雑なまま保留し続ける労力を惜しみ、警察に対し微細な管理の要求が増大すれば対処療法ではなく予防的な方法を採らざるを得ず、結果として社会の中の「禁止事項」の項目が細かく、膨大になっていきます。
「正しさ」は粒子ではなく波のような存在であり、観測された時点で無数にある可能性の一つに収束するに過ぎず、自明の「正しさ」が初めからどこかに存在するわけではありません。

体罰問題と美術作品における猥褻表現

参考
【SYNODOS : なぜ、校長は手を出したのか―体罰事件から見えてくる、学校教育の多様な問題/藤井誠二×荻上チキ】

【ウートピ : ろくでなし子さんは有罪になるのか? “芸術とわいせつ”に関わる過去の事件集から今後の展開を探る】

【BLOGOS : 写真展「わいせつ」と警察が指導―反発した写真家たちがネットで「署名活動」】

長い時間を経て見ないと社会に対しどのような影響を与えるか分からない分野においても、
【グレーだった物事に白黒をつけると二度とグレーに戻せないということ】
【確定した「白」と「黒」も、無数の「あり得たかもしれない可能性」の一つに過ぎないということ】
そして【グレーゾンの発生そのものの予防策としての管理の強化】によって、短い周期でその正当性を証明し続けなければならない事態が進行しています。
合理性を求めた結果なぜか非合理を極める状況を招いているわけですが、しかし歴史上何度か、行き過ぎた管理社会の後にはその反動による放任状態(悪く言うと混乱状態)が出現しています。

・・それは・・それで大変そうなので・・・なんか程々がいいかと思います・・。


物々交換所

物々交換所はまだ使える不要品を収集して貰い手を探すための場所です。ここに置いてある物は遠慮なく持ち帰ってください。
物を置く時、貰う時にどんな物があるかツイッターでつぶやいてください。もしくは交換所の棚を整理してもらえるとありがたいです。

酒井貴史

kokanjo

1985年10月28日宮城県山元町出身。2009年武蔵野美術大学卒業。現在、物々交換所管理人。詳しくはツイッターから。https://twitter.com/koukanjyo