講座レポート「レコーディングコース・プレミアム」


自分の耳で聴き、自分の手で作る音楽

レコーディングコース・プレミアム

文・写真=木村奈緒


「音楽」と聞くと、演奏や作曲を思い浮かべる人が多いかもしれないが、忘れてはならないのが「レコーディング」だ。ふだん愛聴している音楽が、どれもレコーディングという過程を経て手元に届いていると考えれば、レコーディングは音楽制作に欠かせない要素である。

2013年に開講した「レコーディングコース・プレミアム」は、Kangaroo Paw(カンガルー・ポー)の名義で活躍するサウンドデザイナーの中村公輔さんが講師を務める。講座は前半と後半に分かれていて、前半は主に録音とミックスの基礎を学ぶ。後半は前半に学んだ基礎スキルを実際の制作に応用して音楽を制作する。一年間受講することで、録音からミックス、マスタリングまでが一通りできるようになることを目指す。今回は特別に、課外授業の様子をレポートする。

修了生の運営するスタジオへ

普段は神保町で開講している「レコーディングコース・プレミアム」だが、この日は朝10時に京王線布田駅から徒歩3分のマンションに集合。外観はいたって普通のマンションだが、地下におりるとそこにはれっきとした音楽スタジオが。実はこのスタジオ、昨年の受講生が運営しているのだ。

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一見ふつうのマンションだが…

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地下に降りて 扉をあけるとスタジオが!

元は、某有名バンドが使用していたというスタジオ。スタジオのエンジニア・西村曜さんがイチからリノベーションして、2015年7月にオープンしたばかり。この日初めてスタジオを訪れた受講生の質問にも親切に答えていた西村さん。講座に裏打ちされた技術に基づくアドバイスもしてもらえるので、スタジオを探している方は是非利用されてみては。(詳細はこちら:スタジオ クルーソー

ドラムの音を録る―①マイクの設置

今日の課外授業の目的は「ドラムの録音」。マイク一本で録音可能なギターや歌とは異なり、ドラムは複数のマイクを立てる必要がある。そもそもドラムセットを組むこと自体が大変なので、スタジオでの授業というわけだ。これまでに習得した知識を総動員する集大成的な授業でもある。

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各種機材が並ぶコントロール・ルーム

受講生が揃ったところで本日の授業開始。まずは講師の中村さんが、本日使用するマイクについて説明。キックにはこのマイク、スネアには、タムには…と、次々とマイクの名前が読み上げられる。各マイクについて「これは割りとつるんとした感じの音」「これはややザラッとした感じ」といった解説も。一通りの説明を終えたところで、ブースに場所を移してマイクのセッティングにとりかかる。

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中村さんの説明をメモする受講生

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本日使うマイクの数々

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ブースはこんな感じ。
吸音材の設置から扉のペンキ塗りまで西村さんがDIYで行った

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これまでの講座での経験を生かして、てきぱきとマイクを設置する受講生たち。

セッティングを見ていると、普段CD等で聴いている音が、これほどたくさんのマイクによって録音されているのだということに驚く。セッティングの合間にも、中村さんが「真ん中にマイクをつっこみすぎると、途中でスティックがマイクにあたって“カチッ”と音が入ったりすることがあるからね」とアドバイス。マイクを設置すると言っても、ただ音が録れればいいということではないのだ。マイクのせいでプレイヤーが演奏しにくくなってしまっては元も子もないので、演奏も考慮しながらマイクの位置を微調整する。なかなか根気のいる作業である。

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ひとまず、計11本のマイクを設置しおえた。

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それぞれのドラムの音を拾うように設置されたマイク

ドラムの音を録る―②リファレンス〜微調整につぐ微調整

一通りマイクを設置し終えたら、コントロール・ルームに戻って、現状のマイクセッティングの音を確認する。

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Pro Toolsを立ちあげる

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どのトラックがどのドラムの音か一目で分かるようにマスキングテープで印をつける

ドラムの音を確認する前に、まずはコントロール・ルームの音響を確認するため、リファレンス(参照)用の音楽を視聴する。リファレンスの音楽は、自分がよく聴いているものか、これから作る音楽に近いものがいいそう。

音響を確認したら、いよいよドラムの音を確認する。プレイヤーにドラムを叩いてもらい、しばし音のバランスなどを確認。一発で理想の音が録れればいいのだが、当然そう上手くはいかず…。このときは、タムの「鳴り」が気になると、中村さんが指摘。時間に余裕があるときは、楽器の部材の緩みを調節したりしながら、おかしな鳴りがないか一音ずつ確認するそうだ。

また、プレイヤーが気持ちよく叩いた力加減が、本人が望んだ“良い音“になってるとは限らないそうで、求める音をプレイヤーに出させるために(プレイを変化させるために)、プレイヤーに返す音をコントロールするなんてこともあるそう。エンジニアは録音のことだけ分かっていれば良いのではなく、プレイヤーについての理解も必要なのだ(そのまた逆もしかりで、「録り音」に合わせて、バランスを考えながらプレイしてくれるプレイヤーもいるそう)。

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ガムテープでミュートをして、残響をコントロールする。これだけで音が変わる。

ドラムの下に毛布を敷いてみたり、ガムテープをタムの下側、側面……と位置を変えて貼ってみたりして、ようやく理想の音に近い仕上がりになった。繰り返しになるが、普段聴いている音楽が、これほどの手間をかけて生み出されているとは…。エンジニアは非常にプロフェッショナルな仕事であると感じた。

制作現場はメーカーから自主へ/理論だけでは音楽はつまらない

受講生はもともと音楽をやっている人が多いが、録音に関しては素人でも構わない。打ち込みだけやっている人でも、録音の知識があるとないとでは違うそうだ。プレイヤーも歓迎で、エンジニア的視点でプレイをみることで自身のプレイも変わり、楽器が上達するという。修了生の中には、講座で学んだ知識を生かして有名音楽企業に就職した人もいる。

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一方で、中村さんは現在の音楽業界の状況についても語ってくれた。
「ここ10年でCDは本当に売れなくなりました。けど意外にマニアックな音楽の売れ行きは変わってないんですよね。何百万枚は売れなくなったけど、元から数千枚しか売れて無かった音楽は、いまでも数千枚売れてたりする。好き勝手な音楽をやってる人こそ、録音やミックスの手順がわかれば自主制作で成功する可能性があると思うんですよ」(中村さん)

制作現場がメーカーから自主に移った今、重要なのはバンドメンバーに制作を分かっている人がいるかどうかだと中村さんは言う。自分たちで制作を完結できれば、リスクは小さく、成功したときのリターンは大きい。
「今は録音環境だけあればネットで活動できます。だから、本人がやめようと思わない限り活動は続けられるんです」(中村さん)

また、講座で「音」を聴く力を養うことで、自然と「音楽」を聴く力も深まるという。だから、必ずしも音楽制作を目的としていない人も歓迎だ。
「ロックなんかだと軸になる音楽理論は大して変化してないですよね。時代時代で録り方とか機材の変化で、同じ内容のものを新しい音に聴かせるって事をやって来た。そこはリスナーも漠然と“味”って感じてると思うんだけど、その正体が分かると聴き方も変わって来ますよね」(中村さん)

音楽業界は厳しい。だからこそスキルを持っていることは、音楽に携わるうえで大きな力になるだろう。自分の耳で音楽をもっと深く聴くために、自分の手で自分の作りたい音楽を作るために、「レコーディングコース・プレミアム」で、サウンドデザインのスキルを身につけてみてはいかがだろうか。

Nakamura Kosuke

▷授業日:隔週金曜日 19:00〜21:30
音楽作品をデザインしていくための『録音』『ミックス』『マスタリング』の知識とスキルを基礎から学ぶ講座です。自分の音楽作品を創る上で、音の入り口から出口までを、トータルで高いクオリティで仕上げるための技術を身につけます。