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講座レポート「銅版画工房」

講座レポート「銅版画工房」


 

「銅版画」でしか得られない「表現」

銅版画工房

文・写真=木村奈緒


 

みなさんは「版画」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。彫刻刀で木の板に絵柄を彫る様子。インクをのせた版の上に紙を置き、バレンで紙をこする様子。例えばこうした作業を思い浮かべる人が多いのではないか。つまり、「版画」と聞いて、刷り上がった「絵(作品)」を連想する人は意外と少ないのではないだろうか。

油画が油絵の具を、水彩画が水彩絵の具を用いて頭のなかのイメージを描き出すように、銅版画もまた、「銅版」を使って頭のなかのイメージを紙に描き出す。要は、版を作るのが目的なのではなく、最終的な「絵」を作ることが目的なのだ。銅版画工房の紹介文にある通り、「大切なのは、いかに美しい版を作るかではなく、その版を通して刷り上げられたもの(つまりは作品ですが)が、『表現』になっているかどうか」なのである。

自身も美学校の銅版画工房に学び、第一線の作家として活躍する講師の上原修一さんは、「(工房では)描くもののテーマは自由だけど、『なぜ銅版画という方法を使うのか』を常に意識させるようにしている」と話す。「絵」を描くための方法は銅版画以外にもたくさんある。むしろ筆と絵の具で直接キャンバスに描いた方が手っ取り早い。ではなぜ、今銅版画に取り組むのか。その理由を求めて工房を訪れた。

 

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講座の様子。手前が講師の上原修一さん

 

銅版画とは

銅版画の起源については諸説あるが、15世紀前半にはイタリア、ドイツ、オランダの各地域で制作が始まっていたと言われる。当時の作品は金銀細工職人の道具と技術から生まれたもので、その後ドイツのアルブレヒト・デューラーらによって技術が完成され、18世紀にかけては技法が多様化した。19世紀に写真技術が発明されてからは、絵画の複製など商業的な需要が激減。以降、芸術作品としての価値を追求した銅版画が生み出されてきた。

「今やっていることの98%は18世紀末から19世紀初頭には確立されていたんだよ。先人から伝えてもらったものに、自分なりの工夫や解釈を追加して、銅版画を知らない人に伝えているわけです。そこにまた、その人なりの工夫や解釈を加えて自分なりのやり方を作ってもらいたい」(上原さん)

 

銅版画の技法

小学校で習う木版画は「凸版」と言って、版材の平らな部分に色がつき、彫刻刀で彫った部分(溝)には色がつかず白く抜ける。銅版画はこれとまったく逆の仕組みで、版の平らな部分のインクが拭き取られ、溝の部分に残ったインクが紙に転写される「凹版」である。

 

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上原さんによる銅版画の解説
溝が彫られた部分(凹部)にインクを詰める

 

まずは、平らな版材の表面に何らかの技法で溝(凹部)を作るわけだが、その方法は「直接法(直刻法)」と「間接法(腐蝕法)」の二種類に大別される。「直接法」はその名の通り、銅の板に直接溝を刻む手法で、メゾチント、ドライポイント、エングレービングといった種類がある。一方、間接法は酸などを利用して版材を腐食させて溝を作る手法で、ラインエッチング、アクワチント、フォトエッチングなどの種類があるが、総じてエッチングと称されることが多い。

 

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銅の板に直接描く直接法。
力を入れると板にニードルが引っかかるので、なめらかな線を描くのは難しい。

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間接法は、版にグランドという防蝕膜をひき、描画したい部分を削って腐食液に浸す。
膜が剥がれた部分だけ腐食し、溝が出来る。膜を剥がすだけでいいので力が要らない。 

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腐食液。専用の流し場がある。 

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版に油性インクを詰め、平らな部分のインクを拭き取とった後、紙を乗せてプレス機で刷り上げる。
プレス機を用いることで非常に強い圧力がかかる。

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銅版画における間接技法のすべて(エッチング、アクワチント、ディープエッチングなど)を用い、
雁皮刷りで作った上原さんの作品。

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実際に触るとよく分かるのだが、輪郭線が盛り上がっている。
プレス圧によって紙が溝に押し込まれながらインクを引き出してくるので、
刷られたインクは紙の表面に盛り上がった状態で現れる。

 

自習を目指したカリキュラムと自由な空気の工房

講座では、夏休み前までにドライポイント、エッチング、アクワチントの基本技法を学び、準備〜製版〜刷り〜片付けまで一通りの作業を自分でこなせるようにする。工房は夏休み中も使用可能なので、自習したい人は思う存分練習できる。夏休み明けからは版作りと刷りの応用技法を学び、そうして一年で一通りの銅版画の技術習得を目指す。

ときどき受講生の作品を並べて合評会も行うが、年度末の修了展などの展示は行わない。発表することを強制したくはないからだ。もちろん、受講生が個展・グループ展を開きたいと言ってきたならばいくらでも相談に乗るし、上原さんが公募展に作品を応募する際は、受講生にも声をかける。受講生も講師も関係なく、それぞれの作りたいという気持ちを最優先に実現できる自由な工房を目指している。銅版画を始めて2年目の受講生は工房について「制作がしやすい雰囲気で楽しいです」と話す。

 

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受講生による製作中の作品。ピカソの「貧しき食事」を模写。

 

受講生は10代〜70代までと幅広く、銅版画の未経験者もいれば、20年以上工房に通い続けている受講生もいる。プレス機などの道具が必要な銅版画を自宅で制作するのは難しいため、工房をアトリエ代わりにして制作を続ける人が多いのだ。

受講に際して経験の有無は問わないが、漠然としたものでも構わないから「銅版画に対するあこがれを持った人」の受講を望んでいる。ある受講生は、当初はリトグラフ(石版画)工房を受講するつもりだったが、美術館で17世紀前半に活躍した版画家ジャック・カロの銅版画を見て心を奪われ、銅版画工房を受講したという。美大で銅版画をやりたかったけど出来なかった人、自作の絵本を作りたくて60歳を超えてから銅版画を始めた人……などなど、何らかの理由で銅版画に憧れを抱いた人たちが集まっている。

 

なぜ銅版画か

人がなぜ銅版画を選ぶかについて、上原さんは銅版画の永続性(銅版は少なくとも何百年かは持つので、版が一枚完成すれば何百年後でも刷れる)や複数性(一枚の版で色違いなど何枚ものバリエーションを刷れる)も挙げるが、最大の理由は、銅版でしか表現し得ない点や線、マチエール(肌合い、質感)があるからだ。

 

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上原さんの作品。60×90cmの大作。美学校のプレス機で刷れる最大の大きさ。

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同作品の部分。銅版画では大胆な線も繊細な線も表現できる。

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コラグラフという手法を用いた部分。
同じ銅版画とは思えないほど他の部分とは質感が異なる。

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同一の作品の版で色違いも作成可能。
色が違うだけで、印象がまったく異なる。

 

銅版画は、版を完成させるまでの工程で起きたことがすべて版として残るので(途中で修正も可能だが)、「銅版について起きたことはすべて良いことだと思うようにする。人生は別だけど」というのが上原さんの持論だ。腐食の時間や腐食液の濃さなども、一応の目安はあるが、腐食の具合は「腐食槽(腐食液が入ったバッド)の神様の采配で決まる」らしく、「偶然も絵の構成要素にする。失敗だと思ったことが新しい発見に必ずなる」そうだ。

製版だけでなく、刷りにもたくさんの種類がある銅版画。ここで紹介した技法や作品は銅版画のごくごく一部。上原さんによれば「ここ(銅版画)は一度嵌ったらとにかくなかなかに深い場所」で、かくいう上原さんも、かつてはペン画を描いており、細い線の表現に長けた銅版画を学んでみたところ、「思った以上にすごい世界」だったため、未だに銅版画の世界に夢中になっているというわけだ。

受講生が「もういいよ」というまで、銅版画の奥深くまで付き合いますと上原さんは言う。大胆でもあり繊細でもあり、淡くもあり濃くもあり、モノクロームでもありカラフルでもあり……そんな奥深い世界が銅版画工房には広がっている。少しでも気になる方は、是非工房を訪れてみてはいかがだろうか。そして、銅版画でしかありえない「表現」を見つけてみてほしい。

 

Uehara Shuichi

▷授業日:毎週木曜日 13:00〜17:00
銅版画の特徴として、一つは凹版であることが挙げられます。ドライポイント、エッチング、アクアチントといった銅版画技法の基本技法と、インク詰め、拭き、修正、プレス機の扱いなど、刷りの基本技術を学びます。

 

 

ライタープロフィール


木村奈緒

木村奈緒

1988年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。メーカー勤務などを経て、現在は美学校スタッフとして広報を務めながら、フリーライターとして文章執筆やイベント企画を手がける。
過去の企画イベントに「ヨーゼフ・ボイスナイト」「工藤哲巳ナイト」など。現在、美術家・会田誠さんのエッセイにて共同執筆中。Twitter@nao0108