特別講義デジタルコンテンツ時代の著作権


アーティストの権利と尊厳

吉田 そろそろまとめに入っていきましょう。クリエイティブな二次創作が活発になっている現状、著作権はまだまだ立ち後れているという状況が俯瞰できたかと思います。最後に、これからの音楽と著作権を巡る諸問題について、齋藤弁護士の考えを伺いたいのですが。

齋藤 そうですね、繰り返しになりますが、講義の冒頭で説明した従来の音楽業界の在り方というのは、企業が大きな資金調達をして、制作費をかけてアルバムを作って、広告代理店がそれを売り込んでというビッグビジネスでした。悪い言い方をすれば洗脳に近いような形で、トップダウンで流行りものを提供して、それをリスナーは何となく消費していく。ともすれば、作り手の側からも、聴き手の側からも音楽が乖離している状況にも取れる訳ですよね。
趣味や志向が多様化した現在においては、そうした消費のスタイルは時代遅れになりつつあります。それよりも、例えばネットレーベルだったり、同人音楽やインディーズなど、草の根的な活動が活発化している今は、動くお金は小さいけれどもダイレクトに作り手と聴き手が繋がれる状況になってきている。これは作り手にとっても大きな変化だと思うんです。

吉田 モチベーションが上がりますよね。これまでは、聴き手がお布施のような感じでCDを買ってくれたり、ドネーションしてくれたりというサポートが、レコード会社を通す事で見えにくくなっていたと思うんです。そこがダイレクトにやり取りできるようになった事で、自分の畑で作った有機野菜を消費者に直接売るというイメージで、インディペンデントな活動がやりやすくなった。

ただこの流れを、音楽業界全体の規模が小さくなったということでマイナス要素と捉える事も出来るかもしれないし、音楽で食べていける人が少なくなっているという負の現実ももちろんある。しかしその一方で、芸術作品を作るという意味においては、純粋な行為に近づいているという豊かな面があるという所でしょうか。

齋藤 かつては作り手と聴き手が完全に分断していましたけど、今は両者の境界は曖昧ですよね。楽器が出来なくても音楽が作れる、巨額の制作費を掛けずともクオリティ高い作品が作れるし、それを発表する環境もある。賛同者さえ得られれば、直接ドネーションなどで資金調達する事さえ出来る。表現行為としてこれは凄く健全というか、市民の元に創作行為が戻って来ているというように感じます。

吉田 なるほど。ここでもう一度、講義の冒頭で観た『Copy Right Criminals』に触れたいのですが、あの中でJames Brownのドラマーの人のコメントが凄く印象的だったので、そのエピソードをお話してもらって良いですか。

齋藤 Clyde Stubblefieldですね。彼はヒップホップの歴史の中で、最もサンプリングされたドラマーで、皆さん必ずどこかで聴いた事のあるような有名なドラム・フレーズを数多く遺しています。それだけサンプリングされているのだから、当然Clydeの元にもライセンス料が支払われているかと思いきや、実は彼の元には一円も支払われていないんです。著作物使用への対価として、著作権料を支払うのは真っ当な行為には違いないのですが、結局それはレコード会社の元には集まるけれども、現場で演奏しているアーティストには届いていないという現実があるんです。

吉田 現場のミュージシャンたちは、録音の現場に呼ばれて、そこで一曲プレイして、ギャラをもらって帰るというような感じですよね。

齋藤 ですね。日当いくら、みたいな契約になっているかと思います。だからその後の印税収入などもないし、二次利用されたとしても権利を保有していないから演奏者の元に著作権料が支払われる事も無い。

吉田 そうした状況にも関わらず、Clydeさんが『Copy Righr Criminals』のインタビューで、「俺のドラムはいくら使用してもらっても構わない。その代わり、俺の名前をクレジットしてくれ」という事を仰っていたのが凄く印象的だったんです。

齋藤 本当に音楽が好きなんだなという事が伝わってくるシーンでしたね。彼は今70歳を超えていて、しかも腎臓を患っているにも関わらず、現役のドラマーとしてステージに立ち続けています。ライセンス料が支払われなくとも、音楽が好きだから、それでも本人は全然構わない。ただ、自分のドラムである事は皆に知ってもらいたいから、名前だけ入れてほしいという…。

吉田 先ほどのCreative Commonsライセンスで言えば、自分の作品に対して『表示』という考え方を表明されているという事ですよね。

齋藤 そうですね。やはり自分の作品に対してプライドがあるし、皆に自分のプレイと名前を知っておいてもらいたいと思っている。でも、現状では名前もクレジットされないという状況なんです。権利を買い取られてしまっているから。

吉田 権利を主張出来ないまま埋もれているという状況が、過去の作品においてはまだまだあるという事ですよね。

齋藤 そうですね。アーティストの多くはそこまでお金に対して興味が無いというか、どういう契約なのか把握していない人も多かっただろうと思いますし。聞く所によると、レコード会社はアーティストにはあまり情報を与えないまま契約をしてしまうというような事もあるということです。とにかくアーティストとレコード会社は対等な立場ではないという事ですね。だから本当は、アーティストの側もその辺りを勉強して関わっていけるのが良いかもしれません。そのために今日のような講義を機会に、まず知ることから初めてもらえればと思いますね。