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【7/1】実作講座「演劇 似て非なるもの」と「絵と美と画と術」共同企画「杉本拓 自作を語る」(含 ワークショップ)

【7/1】実作講座「演劇 似て非なるもの」と「絵と美と画と術」共同企画「杉本拓 自作を語る」(含 ワークショップ)



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毎週金曜日の同時間帯に開催している二つの講座《実作講座「演劇 似て非なるもの」》と《絵と美と画と術》。壁一枚を挟み隣通しで開催しているこの二講座の共同企画として、7月1日にギター奏者の杉本拓さんをお招きしトークとワークショップを行います。このイベントは誰でも参加可能です。


ゲスト:杉本拓
聞き手:角田俊也、生西康典
日 程:2016年7月1日(金)
時 間:開場19:15/開演19:30/22:00終了予定
参加費:予約1500円/当日2000円
申込み:ページ下部の申込みフォームよりお申込みください。
会 場:美学校 本校(地図
    東京都千代田区神田神保町2-20 第二富士ビル3F


 

「地球は自転と公転しているわけだから、例え一歩も動かなくても、宇宙空間の中では自分のいる位置は常に変化していることになる。そういうことを体で感じる人は果たしているのだろうか?」

「とても短い音を聴く、あるいはそれに耳を傾けるということはどういうことだろうか? その音が鳴っている、あるいは聞こえる時間はとても短いので、『聴いている音』というのはその音の記憶かもしれない。」

(杉本さんのSNSより)

 

杉本拓さんのことは当然随分昔から知っていたし、CDも何枚か持っているが、そんなに深く関わったことはなかった。むしろ杉本さんの周囲に居る(もしくは居た)人たち、例えば美術家の角田俊也さんや、音楽家の宇波拓さん、古くは大友良英さん、新しくはコア・オブ・ベルズなどとは、いくらかは一緒になにがしかを作ったことはあるが、杉本さんとはお会いしても挨拶を交わす程度であった。

かつて杉本さんと直接関わったのは一度だけ、杉本さんと宇波さんのデュオ「天狗と狐」に、ぼくがスーパーデラックスで企画したイベントに出演してもらったことがある。当時、天狗と狐はもはや楽器を持っていなかった。会場の椅子をロープにくくりつけて、空中にひっぱりあげたり、謎なことばかりをしていた。何をしようとしているのか全くもって意味は分からない。ただ謎は謎なのだが、小難しい顔をしている訳ではなく、ユーモアに満ちてもいて、そこに居たひとたちは、みんな楽しそうに観ていたような記憶がある。

世の中の理解出来ないことには、こうした面白いものもあれば、まったく面白くない腹立たしいものもある。杉本さんと宇波さんのは面白い謎であった。そこには、わざとらしいイヤらしさが微塵もないのだ。

今年に入って杉本さんのライブを随分久しぶりに観た。それはギターソロで杉本さん自身の曲ではなく、たしか杉本さんとも親交があるオランダの作曲家のものだったと思うが、かなり間の多い曲を淡々と弾いていて、それは素晴らしいものだった。

ある日、SNSで杉本さんが自作についての本を書かれていると知った。音楽についての学究的なものではあるが、そこには哲学も笑いも含まれているはずだと書かれていた。それは面白くないはずがないと思った。だが、その本はまだ出ていない。だから贅沢にも杉本さんから直接お話を聞くことにした。

ぼくに杉本さんのしていることや、やろうとしていることを理解する能力があるとは思えないが、この世界には杉本さんみたいな人が居ると思うだけで、この世の中も少しはマシで面白いものに思える。

皆さんも同じように感じるかは分からないが、ぼくからのほんのお裾分けの気持ちである。このせちがらい野蛮な社会の中で、ぜひ、一緒に楽しんでもらえると幸いであるし、さらにそれが杉本さんが質屋からギターを出す一助になればと願うのみである。

(生西康典)

 


 

いつだったか、知り合いのミュージシャンに「杉本さん達ですら音楽だけでは食えないのを知ったときはちょっと驚きました」と言われたことがある。この「達」の中にはキャプテン(秋山徹次)や中村としまるなんかが含まれるわけだが、確かに私の周りに音楽だけで生活を成り立たせている人間はほぼひとりもいない。

もっとも、「音楽だけでは食えない」というのは、「音楽家としてそれなりの収入を得てはいるが、それだけでは生活できないので、副職――たいていはアルバイトだが――をやって足りない分を補っている」、といったニュアンスを含んではいないだろうか?「自分の音楽だけでは食えないが、他の音楽の仕事でなんとか生活が成り立っている」をさらに加えてもよい。そういう意味での、イイ線いっている人に心当たりがないことはない。

だが、私の置かれている状況を思うとき、「音楽だけでは食えない」なんてとんでもない話である。海外から演奏依頼が来て、10万円か20万円のギャラを手にすることもあるが、それは年に1度か2度起こる瞬間最大風速のようなもので(ない年だってもちろんある)、普段はまったくの無風状態であり、もし海外での仕事がなかったら、私の音楽家としての年収は日本の平均月収を大きく下回る。それどころか、フリーターの週給以下かもしれない――まあ私自身がフリーターのようなものであるが… はっきり言えば、海外での仕事がなかったら、音楽家としての儲けは年間3~4万円が関の山である。もっともこれは年収なので、収入0の月だってもちろんある。

こちらとしては「音楽家」の看板を掲げて営業はしているものの、商売はまったく成立していない。ちゃんとギャラが提示されるコンサート依頼は――それがたとえ5000円であろうと――国内では年に2~3度しかなく、あとは友達の企画への参加や、自分自身でコンサートを企画しないと演奏の機会はあまりない。そして、そういう自主企画は当然のことながら大したお金にはならず、往復の電車賃と2~3杯の酒代へと消えていくのである。しかし、そのことはあまり気にしていない。私にはどうしてもやりたいことがあり、それが出来ることが音楽家としての喜びなのである。

とは言うものの、やはり、やりたいことをやってそれがお金になるのなら、そっちのほうが良いに決まっている。貧乏も度を超すと、どうやって当面のお金を工面するか、ということばかりが頭を駆け巡り、本来の仕事が手につかなくなることが多々ある。実際、この原稿を書いている今も、私の頭の片隅には「月末の支払いをどうすればよいか」があり、これを完全に拭い去ることが出来ないでいる始末なのである。

今現在、私は合計3本のギターを質屋に入れている。ここ2~3年は常にそんな感じで、そのうちの2本は、長い期間ではないが娑婆に出ることが数度あったが、残りの一本(これはもっとも大切にしている2本のギターのうちのひとつである)はもう1年以上その姿を拝む機会を得ていない。昔の写真を整理していたら、(背景ではあるが)愛用のギター4本が仲良く並んでいる極めて珍しいショットがあり、それを見て私は不覚にも涙ぐんでしまった。ギターを何故質屋に入れるかというと当座のお金を捻出するためである。しかし、間違いなく言えるのは、長い目で見れば、質入れして借りるお金よりも、それを流さないように払っている利子のほうがはるかに多いということである。貧乏とはそういうことだ。今月もこのギター達を流さないために利子を払わなければいけないが、そのためには、ことによったらもう1本ギターを入質させる必要があるかもしれない。そうすると、私には自分の音楽に使うギターがなくなってしまうことになる(過去に1度だけそういうことがあった)。さて、どうしよう…

恐らく、これまでの人生で今の私はもっとも貧乏である。思えば、5年前の状況はだいぶましであった。10年前はさらに良かった。私の音楽家としての経済的成功のピークは約15年前にあり、その時は当時やっていた――今もやっているが――ビル清掃のアルバイトをやめようかと真剣に考えたほどである(本当にやめなくてよかった!)。

ところが、それからはみごとなほどはっきりした下降線を描いており、これがある日を境に上昇に転ずるなんてことはもはや夢想することすら出来なくなった。貧乏が美談になるのは若いうちだけで、しかもそれは成功者の口から過去のエピソードとして語られる場合に限っている。私はもう50になり、経済的には完全な敗残者である。

しかし、流石の私もここにきてついに、何か定期的な仕事を探したほうが良いのではないかと思うに至った。もう生活が立ち行かなくなっていたからである。約束していた仕事を片付けてから、私は職探しを始めた。今年の2月のことである。いくつかのアルバイトに応募してみたが、まともな仕事はだいたい年齢でダメである。ひとつだけ、電話で話をしていて、「週に5~6回働いていただけるなら、そういう仕事があります」と言われたことがあるが、他にビル掃除の仕事があるので、これは難しかった。もっとも面接しても恐らく落ちただろうが…

私を良く知る人はだいたいこう言う。「おまえがまともなアルバイトに受かるわけはない。長年にわたって蓄積されたその反社会的オーラは消そうと思っても消せるものではない。それに、音楽のツアーで仕事を長期に休む可能性のある者を雇う経営者がどこにいるのだ」。確かにおっしゃる通りで、私もそれは十分に承知している。堅気になるには、私の場合、音楽をやめなければならない。もちろん、他に定職を持ちながら、自分の音楽をちゃんとやっている人はいくらでもいる。しかし、私にはその才覚がなかったし、そういう準備を一切せずにこれまでの人生を「いきあたりばったり」に過ごしてきた。そのツケが回ってきたわけである。当然の報いと言える。私が音楽を始めた時、それで生活が出来るとは寸分も思っていなかった。コンサートで黒字になることも恐らくないだろうと。当時の私の夢は高速道路の切符切りを表の職業として、裏で音楽をやることであった(もっとも、思いの外「切符切り」の仕事は人気職業でコネがないと就労できない、ということは後に知ることとなる)。

ところが今の私は音楽で年に4万円ほどは稼いでいる。この4万円はいずれ、3万円、2万円と減っていくのかもしれないが、利益は利益である。音楽でお金がもらえる、なんていう未来図を、音楽を始めた当時の私は描いたことがない。それを考えると、私は十分に成功しているではないか。好き勝手/やりたい放題に自分の音楽に打ち込むことが出来たし、自分の音楽性について悩んだこともスランプに陥ったこともほとんどない(そりゃそうだ)。また、共に音楽を作る仲間もいて(失った友人も多いが…)、彼ら/彼女らの存在は大きな刺激になっている。こういう出会いは音楽を続けていなければなかったであろう。

それに、音楽で成功するかしないか、というのは――仮に才能が開花してそれがある程度は認められたとしても――ほとんどは運によって決まる。それでも、あるシステムが確立している世界、例えば、クラシック、ポップス、ロック、あるいは映画やテレビの作曲等のジャンルでは、努力と才能次第で、成功とは言わないまでも生活ができるお金を稼ぐ可能性はまだいくらかあるだろう。しかし、私の関わっている音楽ではどう考えても無理である。少なくとも日本では。

もう10年以上前になるが、フランスのナントでトロンボーンのラドゥ・マルファッティとデュオでコンサートをしたことがある。演奏を終えて楽屋に帰ろうとしたら、入り口で鬼のような形相をした人が私を待ちかまえていてこう言った。「あなたの演奏を聴くのは今夜で3回目だが、一度も面白いと思ったことがない。どうしたら面白く聴けるのかを是非とも教えてほしい」 ――そんなことを言われても、それを教えてほしいのはむしろこちらである。私は自分の音楽を面白いものだと思っているが、そう思う根拠についてはてんで見当がつかない。結局、この御仁とはラドゥと共に1時間以上ディスカッションしたが、どうも納得しない様子で帰っていかれた。

ヨーロッパで演奏したからと言って、お客さんが沢山くるわけではない。大概は一桁である。ゼロもあった。演奏開始時にはそれなりにいた観客が最終的にはそういう数になることもある。ただ、私の音楽に関心がある企画者やディレクターによるコンサートはお客さんの数は少なくても――あるいはそうだからこそ――、親密な雰囲気が醸し出され、うまくいくことが多い。CDも少し売れる。ところが、(広い意味で)この手の音楽をブッキングすることで有名なフェスティバルなんかでコンサートやると、私は「珍獣」扱いで、途中でお客さんが帰るなんていうことは当たり前、それでも静かに帰ってくれれば何の問題もないが、「ファック・ジャパニーズ」を叫ぶ等、悪態をついて帰る輩に結構な確率で遭遇することになるのである。空き缶やサッカー・ボールが飛んできたこともあった。お客さんが200人いようが300人いようが、CDはほとんど売れない。

日本でもこういうことがあった。あるカフェでとても静かな演奏をしていた時に、ひとりの客が考えられないような大声で突然「すいません、お勘定してください」と店員に言ったのである。彼は明らかに、私の音楽がいかにつまらないかを表現したかったのに違いない。この日は他に出し物があったから、それを目当てに来たのであろう。ところがそのオマケとしてわけのわからないものに遭遇してしまった。あれは、こんなクソッタレの自己満足音楽なんかに付き合っていられるか、という捨て台詞だったのである。

これは3年前のことで、昔だったらこの手ハプニングを私は積極的に楽しむことが出来たが(この時も心の中では爆笑してしまったが)、だんだんとそうではなくなってきた。理由は単純明快。音楽がそういう行為によって破壊されるからである。

しかし、彼らの心情もわからないではない。コンサートに入場料を払ってきているのだから、その対価を得たいと思うのは人として当たり前だからである。しかし、私にしても別に彼らを怒らせようとして音楽をやっているわけではない。ただ、そこに金銭が関係している以上、こういう問題が生じてしまうことは多々ある。楽しませてくれるなり、余人にはまねできないような芸や個性を見せてくれるなり、そういうことをしろ。お前のやっていることは誰でもできる上につまらない。感情を表に出さないまでも、そういうことを思う人が一定数いることは十分に理解しているつもりである。

しかし、誰でもできることは案外誰もやらないものである。やる側にとっても聴く側にとっても、それが「対価」として機能しないことを知っているからである。ところが、そう見えるものの中には、実際に演奏することが難しいものがある。例えば、私には打楽器のための曲がいくつかあり、その中には何ら専門的な技術を奏者に要求しないものも含まれているが、だからと言ってそれらの曲の演奏が決して容易なわけではない。だが、仮にそれらの曲を現代音楽界の名手達が演奏しても、まあそんなことはないだろうが、彼らのほとんどはまずい演奏をするのではないだろうか。私はそう思っている。これはケージも言っていることであるが、彼ら現代音楽演奏家の頭にあるのは「難しくて出来そうもないことをやってのける」ことで、それが発揮出来そうにないような音楽には端から興味がないからだ。演奏技術を磨くこと自体はなんら否定の対象にはならないし、むしろそこに演奏家が存在する理由と価値の多くがあることは間違いないが、問題は、その「難しさ」がシステムの要請することに限られてしまうことにある。思いっきり単純に言えば、その筋の観客が喜ぶような高度なことをやれ、ということだ。もちろん同じことは作曲家についても言える。その――あるのかどうかも怪しい――需要に応えるため、演奏家は一種の曲芸師として、それとわかる困難な演奏技術を披露しなければならなくなり、そのための訓練に忙殺されてしまう。すべての現代音楽演奏家および作曲家がそうではないと思うが、上に述べた自作曲で私が求める技術は、そういったプロ用技術目録の中にはない、ほとんどの演奏家が訓練したことがない類の技術なのである。

実に長い前置きになってしまった。今回の講座でやってみたいのはそういう曲である。これをいくつかやる。というか、やっていただきたい。具体的に言うと、カスタネットを使う曲をふたつかみっつ、それと、そこらにあるものを使う曲をひとつかふたつやることを考えている。もう一度念を押しておくと、これらの曲を演奏するのに専門的な技術は必要としない。ただ、カスタネットを同時にみっつ叩く、という「特別」な技術を要求する曲があり、これには若干の練習が必要となるだろう。

もし質屋行きをまぬがれて手元にギターがある場合は――そうでないとその後のコンサートに支障をきたすのでなんとかしなければいけないのだが――、ソロのギター曲をひとつ披露しようと思っている。これは、打って変わって専門的な技術を必要とする難易度の高い曲で、自分用に作ったにも関わらず、私の手にあまる代物なのか、自らの演奏に納得したことは多くない。練習するしかないが、正直うまくいくかどうかは自身がない。ところで、この曲は確かに「専門的な技術を必要とする難易度の高い曲」ではあるのだが、恐らくそのように聞こえないところがミソである。聞いているだけなら、またもや「誰でもできること」に分類されるだろう。私はそういう音楽が好きなのである。

この曲をチューリッヒに近いスイスのある村で演奏したことがあった。スイスの室内楽アンサンブルがタイバンで、彼らは武満徹や細川俊夫らの曲を演奏した。要するに「日本人特集」だったわけである。

演奏を始めてしばらくすると、何人かの観客がそわそわしていることに気付いた。彼らは間違いなく会場を出たがっていたが、迂闊にも私はその扉を閉めていた。演奏を面白くないと思うお客さんが会場を去ることは特に気にしない。それはしかたないことである。ただ、その際に生じる扉の開閉の音が問題なのだ。これはどうしても音楽を壊す。そこで、アウェーな雰囲気を察知して、多くのお客さんが途中で帰るだろうな、と思ったときは予防策として扉を開けっ放しにすることがある。この日は寒かったから、そんなことはすっかり忘れて扉を閉めていたのである。いつ入口の扉が開きその音が音楽を壊すか、また、お客さんにとっても、この静寂の中堂々と扉を開けて出ていくのは勇気がいるだろうから、結果聴きたくもない音楽で彼らを苦しめているのではないかという罪悪感もあり、私は演奏に集中できなくなってきた。こういう心理的なことが演奏の内容に影響を与えるのである。

ところが、大きな音が出ることもなく、お客さんがひとりまたひとりと消えていった。不思議に思っていたが、とにかく演奏に集中することは出来た(会場の責任者が機転をきかせて裏口の扉を開けてくれた、ということは後で知った)。1時間ほど演奏し、その内容も悪くはなかったと自分では思っているが、結局最後まで残っていたのは、関係者を除くと5~6人で、そのほとんどはタイバンの現代音楽アンサンブルのメンバー達であったが、その彼らにしても私の音楽はチンプンカンプンだったようで、面白いから残っていたわけではないようだった。ただ、主催者だけが肯定的な感想を言ってくれただけである。

こんなことはしょっちゅうである。海外で演奏の機会が持てるのは、私が人気者だからではなく、コンサートの企画者に好き者が紛れ込んでいるか、あるいは友達が誘ってくれるからなのである。この辺の事情は知らない人もいるだろうから、少し書きたかった。しかし、これ以上私の受難劇(大げさだなあ)を自慢してもしょうがない。どうでも良いことでついつい文章が長くなってしまうのは私の悪い癖である。

最後に、私の就活がどうなったかを書こう。結果から言うと、私は仕事を探すのをあきらめた。10月にヨーロッパでの演奏依頼が来たので、それを免罪符としたわけであるが、現時点でお金がないことには変わりがない。少なくとも10月までは生き延びなければならないので、今は新商売に手を出しているが、先行きは決して明るくない。それでも、仕事探しをやめることを決断したとき、私は心の底からほっとした。やはり、可能な限り音楽に集中したいのである。私の母方の曾祖母は100まで生きたが、生前の口癖は「人は好きな対象によって命を奪われる」であったという。要するに、山が好きな人は山で遭難し、色事の好きな人はその最中に、ギャンブルの好きな人は破産してストリートで、各々の生命を終えるのがベストな死に様だということなのだろう。だが、最終的には命を奪われるにしても、その時までその人を生かしているものもまた「好きな対象」なのではないか。人は希望がないと生きていけない。その希望は――おっと、そろそろやめないと、この駄文はいつまでたっても終わらない…

(杉本拓)

 

 

出演者プロフィール


杉本拓

杉本拓 Taku Sugimoto

1965年東京生まれ。ギタリスト、作曲家。
下記、これまで杉本氏がその音楽や人となりを、どのように共演者や、観客、出会った人たちから、評されてきたか。
「ゲス番長」(A亭主人)、「雑巾王子」(おなじくA亭主人)、「ギターの牧師」(デヴィド・トゥープ)、「コンセプト先生」(ラドゥ・マルファッティ)、「シェルシを弾くジム・ホール」(キース・ロウ)、「フェルドマンを弾くベイリー」(ドナルド・ミラー)、「いやらしい人ね!」(某ミュージシャンの奥さん)、「飛行機で隣の座席に座っているテロリストかもしれない人」(別の奥さん)、「歩く抽象」(N氏)、「猫」(中村としまる)、「悪魔くん」(飯田克明)、「深遠かただの茶番か、どっちもありえる」(あるCDレヴュー)、「0点」(音楽雑誌におけるあるCDの評価)、「ホームレスの方ですか?大変でしょう今の季節は?」(交番のお巡り)、「ここで何してるんですか?待ち合わせですか?」「いえ、ただ立ってるだけです」(別の交番の前での対話)、「君の歩き方には目的がない」(さらに別のお巡りの尋問)、「こういう経験は初めてですか?」「いいえ、5分前にもあそこの交差点で」(職務質問)、「お兄さんみたいなモダンな人はじめて!」(ある立ち飲み屋のママ)、「少しはお客さんのことを考えて下さい」(コンサートの企画者)、「ブレッソンの映画みたいな音楽」(お客さん)、「あなたの音楽を聞いて、私はパンクをやめた」(アメリカからのファンレター)、「雨漏りのする監獄にいるみたいだった」(共演した即興演奏家の苦言)、「いや~よかったです!と言いたいところですが、さっぱり分かりませんでした」(お客さんによるコンサートの感想)、「天狗と狐」(宇波拓とのデュオのバンド名)、「ロウアー・ケース・インプロの放蕩息子」(THE WIREによるライブの宣伝文句)、「数学のエッセイで、音楽ではない」(principia sugimaticaにたいするイチャモン)、「杉本拓の音楽は、物理学でいうところの物理モデルに類似している。」(鈴木學)、「これはケージの沈黙ではない。ウィトゲンシュタインの沈黙だ」(webで見つけたprincipia sugimaticaのレヴュー)、「all you need is ゲス番長」(コア・オブ・ベルズ)、「エロ天狗」(lo wie)、「低空飛行」(これまでの人生を振り返り)

 

角田俊也

角田俊也 Toshiya Tsunoda

1964年神奈川生まれ。美術家。
フィールド録音のCD出版や音響を扱った美術作品を制作。
MoMA、ロスキル現代美術館、横浜トリエンナーレなど国内外で展示を行なっている。
東京藝術大学美術学部美術研究科修了。
1994~2006 制作レーベルWrk運営・活動。
2006~2008 音と言葉をめぐる批評「三太」(編集・発行:角田俊也、杉本拓、吉村光弘)1-10号執筆。

 

生西康典

生西康典 Yasunori Ikunishi

さまざまな領域の作家たちと広範な活動を展開しており、近年は演劇とインスタレーションの狭間にあるような作品を送り出している。『風には過去も未来もない』『夢よりも少し長い夢』(2015、東京都現代美術館『山口小夜子 未来を着る人』展)、『瞬きのあいだ、すべての夢はやさしい』(2014、MAKII MASARU FINE ARTS)、『おかえりなさい、うた Dusty Voices , Sound of Stars』(2010、東京都写真美術館『第2回恵比寿映像祭 歌をさがして』)など。


 

 

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▷授業日:毎週金曜日 19:30〜22:30
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。

Magic Kobayashi

▷授業日:毎週金曜日 19:00〜22:00
絵画、デザイン、イラストレーション、映像、写真、これらの表現を総合的に考察、批評し、さらに各々の実践を軸として講義を展開します。それらを個々の仕事に還元するだけでなく、新しい創造に繋げていこうと考えています。