一年を振り返って〜実作講座「演劇 似て非なるもの」第4期生による手記



撮影:梨乃

2016年6月から2017年3月まで開講した実作講座「演劇 似て非なるもの」第4期。様々な外部ゲストによるワークショップを経て、夏期公演、修了公演と二回の公演を開催しました。6月からの第5期開講を前に、ここにその記録として1年を終えた3名の受講生による手記を掲載します。

「1年を振り返って」武本拓也
「一年間」冨岡葵
「この一年のことを振り返り…」瀧澤綾音

「1年を振り返って」武本拓也


ほとんど偶然に演劇コースの存在を知ったのは、この文章を書いているちょうど1年前くらいでした。
私は大学を卒業後、日中働きながら、細々と自分で演劇作品を作っていました。そうした中で、日常接するのは職場の同僚だけになり、演劇や表現の事を日常的に話せる機会がどんどん減っていたのです。また私は交友関係の広い方ではありませんから、作品を作っていてもだんだんと自分の考えだけに閉じこもりがちになり、息苦しさを感じていました。
そんな中、友人からたまたま3期の修了公演に誘われました。そこで目にした演劇コースの案内の中の生西さんの文章に惹かれ、どんな事をするのかわからないまま、思い切って受講を決めたのでした。

生西さんの膨大な量の知識や興味の一端に触れる事ができ、視野が大きく広がった事。
ものすごいゲスト講師の方々と直に創作を共にできた事は、非常に大きな時間でした。
しかしこの講座で一番大きく残っている事は、受講生の方々と1年もの時間を共にできた事です。
それは楽しい事ばかりではなく、ほとんど辛い事ばかりでした。
演劇や舞台芸術というものは、一人の作家が作るものではなく、どうしても集団作業です。作品ごとに集まるという関わり方ではなく、こうして1年間一緒に受講するという事は、その事を改めて実感させ、また自分がなんてそれができないんだろうと思わされました。生西さんにも、受講生の皆さんにも、迷惑をかけてしまった事が多く思い出されます。
自分自身を見つめ直すという事でも、非常に意味のある1年でした。人と長い期間付き合って何かをやるという事は、不和が生まれる事が多いです。多かったです。自分は、自分とは違う人に対してこんな風に思うんだ、こんなにも受け入れられないんだ。

ゲスト講師の方々に触れる事ができた事も、非常に素晴らしい時間でした。首くくり栲象さん、川口隆夫さん、飴屋法水さんとの稽古は、特に印象深く、温度の高い時間でした。
この3名、特に飴屋さんと接した時には、自分はなんて凡庸で、演劇や生きる事にぼんやりとしていたのだろう。こんな人々が本当にいて、私が想像もできなかったくらい凄まじく真剣に生きているのだと。それはきっとそれまでも、そうなんだろうと頭では知っているつもりだった。ですが、その人々と実際に接し、言葉を交わしてみて、それは本当だったと実感したのです。

自分の考えた事や、書いてみたテキストを見てくれ、また応答してくれるという事も、非常に得難い事態でした。
何か演劇や展示をみての感想、ふと考えた事。そういう事を伝える事ができるという事。また、自分の書いてみた台本を、見せ、実際にやってみる事ができる事。
個人の制作の場では、私が役者やスタッフを集め、公演を主催する立場です。できていない台本や、なんとなく思っただけの事を話すという、いわば無駄な事/人の時間を無駄にしてしまう事をするのは、抵抗がある、というか、してはいけない事と思うようになっていました。
しかし、それは創作においては重要な事です。
この講座では、それはしてもいい事だと(勝手に)考えました。
ですので、完成されたものでなくとも、間違っていたり考えが不十分でも、とにかく見せよう。そしてどんどん間違えよう。間違えているなら、何が間違っているのかを知ろう。不完全なら、何が不完全かをまず知り、どうすれば完成するのか/もしかしたら、自分が考えていた完成形とは全然違うものがあるかもしれない。まずは、今あるものを外に出そう。それで、まずは失敗でもいいから、場を動かそう。と、そう努力するようになりました。

修了公演では、それまで書いた文章やシーンを合わせて、一つの演劇作品を作りました。
私の役は、人類の代表のような役でした。様々な人の人生が集まったような、そういう役であったと理解しています。
初日が開け、初日が終わっても、まだ自分の役がなんなのかがわかっていませんでした。なぜをそれをやるのかが全然わからず、ただ台本をなぞっているに過ぎませんでした。
初日の晩、この1年の事を思い返していました。この1年、私は人間関係にずっと悩み続け、自分の悪いところや隠しておきたい部分がたくさんでた事を思い返しました。
生西さんともかつて講座で話しましたが、人間というのは一つのわかりやすいキャラクターがあるだけではなく、いろいろな側面があります。多くの演劇では、にもかかわらず、一つのキャラクターに固定される事が多い。
初日を観てくださった飴屋さんが言われていたのは、作品の中で役が変わっていかなくてはいけないという事でした。
変わるという事や、隠しておきたい側面が見えるという事、自意識が見えてしまうという事は、やっぱりとても嫌だし、(普段生活している中では)褒められた事ではないと思っています。
でも、そうしたものも、すべて肯定したい。
自分に引きこもる事も、必死になって叫ぶかっこ悪さも、どんな人の表情も、肯定したい。そんな大それた事が私にはできないかもしれないけれど、少なくとも私が舞台で演じる役の魂は、それでもせいいっぱいやっているんだと、肯定したい。
そう思い、二日目に臨みました。
そう思えたのは、この1年があったからだと思います。

武本拓也
幼稚園年少の時に市民ホールでやったお遊戯発表会で「おやすみなさい。」とナレーションを入れたのが(多分)初舞台。
幼稚園の一室にダンボールで作った動物のオブジェ等を配置して動物園を開催するなどの活動を行う。
その後武蔵野美術大学の映像学科に進学し、パフォーマンス・演劇作品の発表を始める。
卒業後の現在はWEBデザイナーとして勤務しながら、作品発表を行っている。
http://takuyatakemoto.tumblr.com/

「一年間」冨岡葵


一. ある異国の住人となりました。住人といっても、ある一定の期間だけ滞在する旅人のようなものです。このような約束で、集まってきた人が何人かいました。
*
 この異国では、使う言葉は同じですが、相手に何かを伝える必要がある時には、少しだけ翻訳をする必要がありました。この国の住人として、言葉をしゃべるのです。頭の中で、少しだけ言葉を変換する必要がありました。
*
  今、この国は、そこを訪れた人の中にしかありません。それぞれ違ったお話が立ち現れるでしょう。
  旅中に思い出した記憶の一つです。

* * *
二. 記憶の宝庫がありました。一瞬だけ、垣間見ることができるようなところです。時間がゆっくりしている、もしくは時がないようなところです。
  これを宝庫と名付けたのは、先人達がこのような名前で呼んでいるのを聞いたことがあったからでした。
*
  この国には歴史がありません。旅人達が集まったのと同時に、出現したのでした。
*
 記憶の宝庫には、この国にいる時に一度だけ出会いました。他の人たちもこの時に出会ったのかどうかはわかりません。おそらくこれとは違った名前で呼ぶのでしょう。
 違う名前を付けたとしても、分かるのではないかと思います。知っているならば。

* * *
三. 翻訳ができるようになったのは、ずっと後になってからでした。それぞれがこの広い国の中で、住む場所を決め、隣の何々さんとも言えるようになった後です。

冨岡葵
言葉にちかづいたり、離れたりしています。

「この一年のことを振り返り…」瀧澤綾音


この一年のことを振り返り感想を書くのは無謀なことに思えるほど、この一年 たくさんの学び 変化 感じたこと 思ったことがありました。もったいないくらいに濃密な一年でした、濃密すぎて 思い出すのにかなりのパワーがいります。

一年という時間をかけて、受講生 生西さんに知り合えたかなと思います。そのひとの個性を受け入れ おもしろがり その光となりうるものをすくうような場にいれたことは、これから作品をつくるうえでも 生きていくうえでも大切にしていきたいことです。

相手にふれること(相手を知ること)を、私は頭でやっていました。でも受講生の冨岡さんは そこにある状態をそのままみていた、いいことも悪いこともないと言って。武本さんは 私とは 同じ単語についても よく真逆にとらえていたりして、何かについてお互い意見 捉え方など話すこと 聞くことがおもしろかった。

受講生 生西さん 鈴木さん りのさんの他にも、山崎広太さん テニスコーツのさやさん たくぞうさん黒沢美香さん 隆夫さん 飴屋さん、スタッフで関わってくれた方々と会って 今までなかった考えや価値観や世界に出会って ひとことで すべてのwsや稽古のことを言えませんが、私の中で大きな学びがあり 変化がありました。

美学校が修了に近づく頃、詩を読んでいたとき ふと一年前よりも詩にふれようとしている その詩をかいた作者にふれようとしていることに気づきました。時間はないようで、確かに積み重なっていた、ひととの関係や 詩の読み方 自分のあり方について思いました。
夏の公演と修了公演で、窓が開いていること しまっていることの大きさを知りました。外と繋がること 感じること、空気が動くこと、匂い、音、閉じること、そこから受ける心の変化 動きの変化。今は 日常生活でも、窓を開ける閉めるを大切にするようになりました。一年前は 気づいてもいなかった。

自分の感性を信じていくこと、あることをないことにしなくていいこと、全てをうけいれていくこと、流れの中のひとつとして自分があること、変化していくこと、楽しむこと、それをこれから ひとりのにんげんとして ひとりの演者としてやっていきたいと思います。
表現者は隣に誰もいない、でも ひとはひとりだけだから おもしろいと信じて。

生西さん、受講生、wsや稽古に講師として関わってくれた方々 受けにきてくれた方々、スタッフとして関わってくれた方々、美学校 校長藤川さん 皆藤さん 絵と美と画と術の人たち、公演観に来てくれた方々、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に本当にありがとうございました。

追記
美学校の一年間の記憶
感想を書くにあたり、思い出すことから始めました。

山崎広太さん
・広太さんの喋る言葉の面白さ。
・空間と動き 言葉が、動きと音とが関係していくこと、自分という媒体の感受性を使っていいこと。
・やろうやろうと、みせようみせようと自我を使い表現しようとすると 表現は逃げていってしまうこと。
・自分をなくし 空気にとけ込むようにすんなりと それになっていくこと。(体調悪く寝込んでいたときにws受けに行った。気分が静かで 魂が抜けやすいようなとき、すんなりとその状態へ行けた。でもそれは 危ないことということも同時にわかっていた。)
・校長 「自意識が表現の源かもしれない」

さやさん
・触れる声。大きい声で、音程間違えず、上手く聴かせるのだけが 歌でないということを知った。
・お客さんもきて30分くらい発表の場面で、お客さんと出ているひとが いれ替わった。
・歌の起源。言葉に音程をつけてゆく。
・照明は景色を 美しい景色にかえた。

たくぞうさん
・「風景に触れることのうれしさ、それが源になくてはならない」
・「風景にあいさつするように。自分をみせていく(紹介していく)」(行為の場面にて)。
・空気にはいっていく、自分がなくなる感覚のうれしさ ここちよさ。(ws中 ぐらっと地震が来てからだが重くなる、そのあとから集中し 空気に入っていけるようになった。それはやっぱり危ういことだと思い たくぞうさんに集中について聞くと、集中は 訓練(鍛錬、たくぞうさんの言った言葉忘れてしまった)によってできるようになる と言われた。)
・そのひとの信じる本当がある、その本当を その本人が疑わずに なされているところに、本当があるのではないか、と感じた。
・黒沢美香さん
・後から話聞いた・・「演者と観客は同じ方向をみている」

ちかちかのこと
・舞台の流れのひとつになること。それはとてもここちよく、作品をよりよくしたりできるのではないか。
・あとから感想を聞いたりして・・私は 今まで舞台の作品において、演出家 脚本の言いたいことばかり考えていた、自分の役の役割について。それは 役割をもった私という入れ物=演者として、出し惜しみをひきおこしていた。演者ひとりひとり、光を放ってよくて その光がさらに作品をよくするのではないか と思った、これからは 光を放っていきたいと思った。

隆夫さん
・「やるならやる、やらないならやらない、明確にやる」
・「みんな 気持ちいいこと好きだね」ぶつかり合うこと、気持ち悪いこと、きれいじゃないもの。
・自分のからだ、五感、感じ方(感情)を使うこと、感覚をひらいていくこと。
・みる、ということ。
・今やっていることが表現である、それをみんなでつくっている、みているひとがいるという意識。
・無関心について。
・みんなでものをつくるとき、ひとりひとりに無理のない共同体、どうあればいいのか。うそ(無理)のない状態とは何か。意見を言うこと、押しつけでなく。

飴屋さん
・「あることをないことにできない」お客さんがいることも お客さんの動きも認知していていい、全て受け入れてやる。稽古では、その場でやる、そこにある光 そこにある音 空間の広さ そのひと(相手)、それを感じながらやる。どの場所でそのセリフは言えるのか、その感性を持つ。
・的な、っぽい、をなくしていく。演劇でやっていることは 全て作業、セリフも動きも作業するだけ。セリフは ギターの弦を弾く 鳴らすように出していく。その状態にならなければセリフを言ってはいけないと思っていた、でも その場面がよりよきようにみえるタイミングを計ってもいいことを知った。前のシーンがあって、その光(照明)があって、話の流れがあって、そのシーンまでつながってる。今 自分はどうしたらいいのか、どんな音を出したらいいのか、どう感じているのか。
・音、光、セリフ、動き、みんな同等にある
・集中は 固くなりじーっと見ていることではなく、覚醒。起こっている全てが見えていて 頭が柔らかいこと。
・うそをつく楽しさ、演じること。

小さな声の夜
・同世代の人が 表現者としてひとりで立って パフォーマンスしていた。

タマシイノナイケモノ
・ひとりひとりの個性を受け入れて 作品をつくっていくこと、つくっていく過程も 作品も。そのひとのもつ光をすくってあげること、それは より作品を面白い方へ導く。
・身を乗り出し みんなでつくる、ということ。
・その場でやること、あることをないことにしないこと、それでずっと稽古をした。お客さんが入って お客さんがカバンの中をずっとがざがざやっていた、初め少し待ったが 待ちすぎた。その折り合いを考えたい。
・窓が開いていること、しまっていることの大きさ(偉大さ)。
・校長 「表現なんてなんでもない。なんでもないことを真剣にやるんだよ」私たち自身が 何でもないことをやっていることを 自覚してやっていかなくてはいけないのだなと思った。

瀧澤綾音
1992年6月20日新潟生まれ、新潟育ち。
生まれつきの心臓病、3歳のとき完治。以来 外をかけずりまわり、虫や蛙をつかまえたり、お人形遊びをして過す。
小学5年生から高校2年生まで、新潟市民芸術文化会館 りゅうとぴあ にて子供劇団に所属する。
高校卒業寸前からひきこもり、その後 ニュージーランドへ語学留学などする。
2016年 文学座附属演劇研究所 本科 55期 修了。
2017年 美学校 実作講座 演劇似て非なるもの4期生 修了。
現在、平田オリザ主催 無隣館3期生。

▷授業日:隔週火曜日19:00〜22:00+月1回外部開催
「演劇」は既成のイメージされているものよりも、本当はもっと可能性のあるものなんじゃないかと僕は思っています。それを確かめるためには、何と言われようとも、自分達の手で作ってみるしかありません。全ては集まった人達と出会うことから始めます。